無極化する世界と日本の生存戦略 (3)

内憂外患のアメリカが直面する紛争の時代(下)――同盟国はアメリカ版「戦略的自律性」にどう臨むか

執筆者:森聡 2023年10月27日
エリア: アジア 中東 北米

イスラエルかパレスチナかという単純化された構図に、アイデンティティ政治が発露して、政治的・社会的分断がさらに深まっていく可能性がある[イスラエルとハマスの紛争に抗議するデモで対峙する親イスラエル派(左)と親パレスチナ派(右)=2023年10月24日、アメリカ・アトランタ](C)EPA=時事

ハマス・イスラエルの衝突はアメリカ社会の分断を露わにした。グローバルサウスが表明している疑念に加え、国内からもその正統性に批判が向かうアメリカ外交が影響力を弱らせていく可能性がある。国家安全保障観が「中露との戦略的競争」から「中国=ロシア=イラン=北朝鮮」という、「かつての枢軸」の構図へと回帰することも想定される。内憂外患のアメリカが戦略的自律性を強め、インド太平洋の抑止力が低下するシナリオが一気に現実味を増す中で、日本は平和と安定へのアプローチを変えていかなければならないだろう。

引き裂かれるアメリカの世界戦略(「上」より続く)

■正統性に向けられる国内外の批判が招くもの

 第二に、アメリカの国際的な正統性や道義性が、再びそれらに批判的なナラティブに晒され、外交的な影響力を失っていく可能性がある。換言すれば、アメリカの理念や世界観を共有しない新興諸国や途上国、いわゆるグローバルサウス諸国は、イスラエルを強く支援するアメリカに対して疑念を強める。ロシアによるウクライナ侵攻の際に、グローバルサウス諸国は、ロシアの侵略を非難しつつも、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大が背景にあるとするロシアの言説にも理解を示した。今回のハマスのイスラエル攻撃に関しても、例えば南アフリカやインドネシア、マレーシアなどは、ハマスの暴力を非難しつつも、その背景にはこれまでのイスラエルによるパレスチナ政策があるとする立場や見解を表明している。グテーレス国連事務総長もハマスに関する発言でイスラエルの反発を招いて物議を醸した。

 事態をさらに難しくしているのは、アメリカ国内でも、この問題をめぐって社会が分断されつつあるという事である。アメリカの有名大学では、学生のパレスチナ支援のデモが激しくなり、それに批判的な学生・関係者らが反発し、キャンパスで規制が敷かれるほどにまで空気が張り詰めている。また、世論調査をみると、イスラエル支持者は年齢が高いほど割合が高く、年齢が下がるほど割合が低い。

 中東問題をめぐる意見対立の鋭さのあまり、あえてこの話題を口にしないコミュニティもあるようだが、イスラエルかパレスチナかという単純化された構図に、アイデンティティ政治が発露して、政治的・社会的分断がさらに深まっていく可能性がある。共和党内ではイスラエル支持・イラン敵視の姿勢が主流を占め、民主党内では左派が概ねパレスチナ支持、中道派が概ねイスラエル支持といった構図が立ち現れるかもしれない(民主党左派にとって、パレスチナ問題は、様々な人権や格差の問題を象徴する問題として理解されそうである)。

 そしてここでも再びソーシャルメディアが、ナラティブをめぐる闘争の場と化し、アメリカの国際的な正統性が国内外で問われていくことになる。つまり、中東での紛争が引き金となって、アメリカの中東政策やアメリカの国際的な正統性が、グローバルサウスからだけではなく、アメリカ国内からも挑戦を受ける。こうした潮流は、一面において政権に「バランス」のとれた外交を促す要因となりうるが、他方で首尾一貫しない政策を余儀なくさせるため、アメリカの外交的な影響力を弱らせていく可能性がある。

■リソース分散を実質化するイラン・北朝鮮の脅威の「昇格」

 第三に、アメリカの対外的な脅威認識が、「中国=ロシア=イラン=北朝鮮」という、「かつての枢軸」の構図へと回帰していく可能性がある。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
森聡(もりさとる) 慶應義塾大学法学部教授、戦略構想センター・副センタ―長 1995年京都大学法学部卒業。2007年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法政大学法学部准教授、同教授を経て2022年より現職。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)、『国際秩序が揺らぐとき』 (法政大学現代法研究所叢書、共著)、『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会、共著)、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東京大学出版会、共著)、『アメリカ太平洋軍の研究』(千倉書房、共著)などがある。博士(法学)。
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