「ミサイル発射失敗」では日本に危険が及ばないので、広報は不要、と政府は考えていた

春名幹男
執筆者:春名幹男 2012年4月30日
カテゴリ: 外交・安全保障
エリア: 朝鮮半島 日本

 最近のJR車掌さんの車内放送は以前よりだいぶ進歩している。前方で事故が起き、車両が止まった場合、以前なら「事故のため動けません」と同じアナウンスを30分以上繰り返し、運転再開直前になって突然「再開します」と車内放送した車掌もいた。だが今では「現在線路内に入った自動車を除去しております」などと刻々状況を実況放送してくれる車掌さんがいる。これだと、会議やアポに遅れそうなビジネスマンは「次」を読んで相手に連絡することもできるのだ。
しかるに、あの北朝鮮ミサイル発射騒動の朝。政府スポースクマンである官房長官は「ダブルチェック」にこだわり、重要情報をなぜ40分以上も国民に知らせてくれなかったのか。
だが、政府は対応ミスを率直に認め、検証作業を行なって報告書を発表したのは非常によかった。それ以上に、政府にとってよかったのは、「小沢無罪判決」と同じ日の発表で、全く目立たないニュースになったことかもしれない。日本の大手メディアが問題の本筋を明快に伝えなかったことも野田政権にとっては望ましい結果となった
報告書の中で最も重要な点は一つ。政府は、「我が国の安全に影響を及ぼすものではない」場合には広報する必要がない、と考えていた、ということである。驚くべきことに、そもそも政府は、北朝鮮が今回(さらに2006年の発射)のような形でミサイル発射に失敗した場合は、国民に何らかの広報をすることを想定していなかったのだ。
何度も伝えられているが、事態の経緯は極めて単純だった。米軍の早期警戒衛星(SEW)に基づく発射情報は13日午前7時40分に防衛省に入ったが、その情報は首相官邸と十分に共有されず、公表遅れにつながった――ということである。
では、なぜ防衛省と官邸の間で情報共有がされなかったのか。その辺の明快な説明がメディアの報道ではほとんど見られない。
実は、事前に内閣官房と防衛省の間では「情報伝達要領」で合意ができていた。米軍のSEW情報は①「我が国の安全に影響があると判断される場合」には防衛省から官邸幹部および官邸の危機管理センターに「一斉通報」する②SEW情報を受けて、自衛隊等のレーダーによってミサイルの飛翔経路を捕捉し、「これが我が国に向かっていることが確認された場合」に防衛省は危機管理センターに「発射情報」として伝達する――ことになっていた。
しかし、北朝鮮のテポドン2ミサイルは発射後1分そこそこで爆発した。これだと「我が国の安全に影響はない」と判断するのは当然だ。従って①の「一斉通報」はされなかった。これ以後、米軍のレーダーでも自衛隊のレーダーでも「飛翔体を探知せず」、②の「発射情報」はとうとう伝達されなかったということなのだ。
まとめると、第1の問題は、政府が「危機管理」と「広報」の区別をしていなかったことである。第2の問題として、今後「危機管理」と「広報」の2系統の情報伝達ルートの構築を検討する必要があることを指摘しておきたい。
今回の場合、危機管理上の問題は生じなかったと言ってもいい。しかし、広報的には完全な失敗だった。「怖い」と思った国民にいち早く安心情報を伝えることができなかったからである。石垣島、宮古島、東京にまでPAC3を配備して緊迫感を高めておきながら、国民への広報をないがしろにした責任は大きい。飛行ルートと想定された海域を航行する船舶、空域を飛行する民間航空機が被った損害もあったのではないか。
ホワイトハウスの場合、大統領の国家安全保障問題担当補佐官が危機管理、報道官が広報の担当となる。官房長官はこの際、政府スポークスマンとしての最高責任者に特化することも一案かもしれない。
(春名幹男) 

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執筆者プロフィール
春名幹男
春名幹男 1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。
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