情報漏洩防止に「スパイ防止法」を適用するオバマ米政権の狙い

執筆者:春名幹男 2012年7月12日
エリア: 北米

 「オバマ米政権はスパイ防止法を乱用か?」 
 リベラル派メディアはこんな批判を展開している。
 オバマ政権発足前の米国では、「スパイ防止法」(1917年)がメディアへの情報漏洩に対して適用されたのはわずか3件しかなかった。ダニエル・エルズバーグ博士が告発した「ペンタゴン・ペーパーズ事件」もこの中に含まれる。情報管理により厳しい共和党政権でも、国民の「知る権利」を勘案して、厳しい対策を手控えてきた。
 「政府はすべての情報漏れを追及してはいない。比較考量すれば、メディアが報道する能力を持つことの方が米国の民主主義にとっては重要だ」とブッシュ前政権の司法省スポークスマン、マーク・コラロ氏はニューヨーク・タイムズ紙に語っている。
 ところが、オバマ政権だけで、その種の事件を立件するケースが6件にも達している。
 リベラル系ウエブ誌「プロパブリカ」などによると、これら6件は次の通りだ。
 ①2010年4月、トーマス・ドレーク事件: 国家安全保障局(NSA)職員ドレーク被告が、NSAが調達した盗聴ソフトは局内で開発したソフトより高価で非効率と米紙記者らに漏らしたとして起訴されたが、10件の罪名のうち軽犯罪のみを認めて、結審。
 ②同年5月、連邦捜査局(FBI)のシャマイ・リーボウィッツ通訳官が、FBIがイスラエル外交官を盗聴していたとの情報をブロガーに漏らし、懲役20カ月の有罪判決を受けた。
 ③同年7月、ブラッドレー・マニング陸軍上等兵が、内部告発サイト「ウィキリークス」に米外交公電や米軍機密情報を漏らしたとして逮捕された。
 ④同年8月、国務省のスティーブン・キム契約分析官がFOXテレビ記者に北朝鮮情報を漏らしたとして起訴された。
 ⑤同年12月、米中央情報局(CIA)のジェフリー・スターリング被告がニューヨーク・タイムズのジェームズ・ライゼン記者に国防情報を漏らしたとして起訴された。ライゼン記者は2011年5月、裁判所での証言を拒否。
 ⑥2012年1月、ジョン・キリアク元CIA分析官が、拷問を受けたテロ容疑者とその取り調べに当たったCIA係官の名前をABCテレビ記者に伝えたとして起訴された。
 オバマ大統領は就任前には、連邦政府職員の権利を守るため内部告発制度を強化すると表明していた。①や②は意図的には明らかに内部告発のケースだが、所属省庁の監察官には通報していなかったことから、内部告発と認めず、起訴するという事態となっている。
 スパイ防止法は本来、敵性国家などに対する情報漏洩に適用されるべきだが、これでは「スパイ防止法を一種の機密保護法として随時適用するようなものだ」とニューヨーク・タイムズ紙は批判している。
 そんな中で、さらに6月末、ジェームズ・クラッパー国家情報長官(DNI)は新たに2項目から成る機密漏洩防止策を発表した。
 第1点は、CIA、国防情報局(DIA)、エネルギー省、FBI、米国家地理空間情報局(NGA)、国家偵察局(NRO)、NSAの職員に対して行なっているウソ発見器によるテストで、機密漏洩に関する質問を加えること。
 第2点は、司法省が立件を断念した機密漏洩事件について、情報コミュニティ内の各情報機関の監察官に対して、独自の調査を行なうよう求める。
 というものだ。これらは、現在17ある情報コミュニティ所属情報機関からの情報漏洩を防止するための対策である。     

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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