“熱帯への進軍”最前線を歩く(5) 街頭ビラに見る山峡の街の現実

樋泉克夫
 ひたすら「標準」を求める(2012年4月、筆者撮影。以下、写真は同じ)
ひたすら「標準」を求める(2012年4月、筆者撮影。以下、写真は同じ)

 延々と続く天然ガスと原油の輸送管に加えて、何カ所かのトンネル工事現場が、国境の街・瑞麗から北東の 芒市へ戻る道中の車窓からも気になった。上海と瑞麗を結ぶ高速国道320号線建設工事の一部だろう。現場には、

「譲標準成為習慣 習慣符合標準 結果達到標準(標準を習慣とし、習慣を標準に合わせ、標準を達成せよ)」

 との「標準」の達成を求めるスローガンが大きく掲げられていた。

 ここまで「標準」の2文字をしつこく重ねるということは、工事を「標準」に基づいて進捗させたいからに違いない。かりに「標準」を違える工事が頻発しているなら、完成後が思いやられる。

 芒市に戻り、改めて国境のこちら側を地図で確かめると、芒市以西には芒市より規模の大きい街は見当たらない。であればこそのキャッチ・コピーだと思える「中国でインド洋にいちばん近い都市」というところに、将来を見据えた、この街の戦略性を感じる。つまり中国の内側ではなく、南や西に広がる外の世界と結ぶことで発展を図ろうというのだろう。

 たとえば、宿泊した19階建ての芒市賓館の在る胞波路だが、胞波とは、ミャンマー語で親戚・同胞を意味する「Baut Pow」の音を発音の近い漢字で表記したもので、ミャンマー在住の華人を指す。ミャンマー在住華人との近さを表すことで、彼らを取り込もうという目論みがありありだ。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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