自衛隊唯一の海外「拠点」、ジブチとの関係から開ける展望

執筆者:篠田英朗 2023年12月21日
タグ: 自衛隊
エリア: アフリカ
ジブチにて自衛隊「拠点」を訪問して意見交換をする筆者(自衛隊提供)
地中海とインド洋をつなぐ紅海の要衝に位置するジブチには、自衛隊が唯一の海外拠点を置いている。このプレゼンスはFOIPにとっても重要だ。ウクライナの穀物輸出も中東情勢の流動化も、ジブチからつぶさに分析できる。周辺地域の中国海軍の動きを観察するだけでも、一定の知見が得られるだろう。さらには中東から東アフリカ沿岸部の情勢を把握するための情報収集解析機能を持たせたい。

 自衛隊の唯一の海外「拠点」が、ジブチにある。

「拠点」とは、国内法上の根拠を明示するために用いられている概念である。馴染まない感じがするが、英語では「base」という概念で説明される。「基地」にあたる概念である。

 自衛隊が、憲法上の「戦力」ではないが、国際的には「military(軍)」であるのと似ている。ジブチにある自衛隊の存在は、国内法的には「拠点」だが、国際的には「base(基地)」である。

 海外の研究者・実務家層とジブチの自衛隊「基地」について話をしていると、「日本もこっそりとよく考えているな」と言われることが多い。大局的な戦略的見取り図に沿って、ジブチという要衝に、日本が自衛隊の「基地」を置いている、ように見えるからだ。

 だが実態としては、ジブチの自衛隊「基地」が戦略的見取り図に沿った政策に基づいて置かれたという話は、日本人の間ではあまり聞かない。まして「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の推進の観点からジブチに自衛隊の「基地」を置いている、という理解が、国民の間はもちろん、政府関係者の間においても、総意になっているとまでは言えない。

 自衛隊の「基地」は何のために存在しているのか。もしその存在がFOIPと関係しているとすれば、それはどのように活用されるのか。

 本稿では、この判然としない問いについて検討を加えながら、その背景となるジブチと日本の関係の意味についても考察を加えることを試みる。

海賊なき後の「拠点」の意味

 ソマリア沖で多発した海賊に対処するための国際作戦に参加した際に、「拠点」が必要だということになり、2011年に自衛隊の駐留施設が、ジブチの空港隣接地に設置された。もちろん、その際に、ジブチに「拠点」を置くことの重要性を深く考えた日本政府関係者が動いた。そうした人々の努力の成果として、「拠点」設置にこぎつけることができた。これを過小評価することはできない。

 だが一方で、日本政府内にジブチの「基地」の意義に関する総意があり、その存在への強い支持がある、とまで考えることはできない。事情は、むしろ逆だろう。政治家層、世論、さらには安全保障の研究者層の間でも、ジブチの自衛隊「基地」への関心は高くない。「拠点」でしかないので、短期間のうちに閉じられるはずだ、と信じている者も少なくないだろう。自衛隊の海外での活動は、常に法的根拠の詳細な整備と一体なので、万が一にもどこかで足を取られてキャリアに傷がつくのを本能的に忌避しようとする官僚たちも少なくないだろう。

 東アジア情勢への関心は強い。だが、それをこえて、FOIPのビジョンを充実させていく政策的関心から、ジブチを重視するような考え方は、あまり見られない。たとえば防衛費が増えたとしても、むしろ予算増の機運を維持するためにも東アジアに専心したほうがいい、という考え方も存在しているように感じる。

 ジブチでは、約200人の自衛官が駐在して、周辺の哨戒にあたっている。ただしちょうど先月に P‐3C哨戒機の機数が、2機(部隊交替時4機)から1機(航空機交替時2機)に変更されたところだ。折しも、哨戒機の飛行範囲に入るアデン湾に面したイエメンの反政府勢力フーシー派が、イスラエル籍の船舶は全て標的にすると宣言した矢先の決定となった。

 もっとも同時に、「地域情勢等に関する情報収集能力を強化するため」、「支援隊の司令部要員等を増員」することも決められ、人員約120名(部隊交代時約240名)から人員約130名(部隊交代時約260名)への変更も決まった。これは、微増でしかないとしても、「FOIP」推進の観点からは、歓迎しておくべき流れだろう。

 何のために自衛隊はジブチに存在するのか。もともとは、ソマリア沖の海賊に対処する作戦のためであった。各国政府がソマリア沖で活動し、日本の海上自衛官が多国籍部隊の司令官を務める初の経験を積んだのも、あくまで海賊対処という枠組みの中であった。

 現在では、ソマリア沖における海賊の活動は、相当程度に低調になっている。近年では、海賊対策の活動の実績は、ほとんどない。それでも各国が、ジブチや周辺諸国における駐留を維持しているのは、海賊対処の必要性をこえた戦略的な関心からであろう。日本においても、ジブチの「拠点」を、地域情勢を把握し、FOIPを推進していくためのハブとみなしていく視点が、もっと強調されるべきだろう。

米軍と中国軍が併存する特異な場所

 ジブチはフランスの旧植民地であるため、独立以来、フランス軍が駐留している。フランスにとって、ジブチは、アフリカと中東の双方にまたがる自国のプレゼンスの基盤として、極めて重要な位置を占めている。逆に言えば、かつてはフランス以外の諸国はなかなかジブチに入っていく機会がなかった。

 ちなみに筆者は、学生時代にボランティアをしていたNGO「難民を助ける会」を通じて、大学院生時代の1990年代初頭に二度ほど短期の仕事をするためジブチへ派遣してもらったことがある(ジブチ領内に流入したソマリア難民支援の活動)。荒涼とした砂漠に、フランス軍の駐留によって造られた人口の町、という印象だった。

 その後にジブチは安定を維持し、堅調に発展する国としての歴史を作ってきた。大きな転機の一つは、国際的な海賊対処行動であった。各国の軍事プレゼンスは、人口100万人程度の小国に、貴重な租借収入をもたらしている。ジブチのGDP(国内総生産)の約80.6%がサービス部門によるもので、主にエチオピア向けの輸出品の輸送及び港湾役務提供による収入と並んで、各国軍駐留関連の役務・借料収入、及び外国援助が大きな比率を占めている。

 今やジブチは、アメリカと中国の二つの超大国が、巨大な要塞のような基地を持つ特異な場所として知られるようになった。一つの国の中に、しかもわずか15キロ程度の距離の範囲に、アメリカと中国の軍事基地が併存している事例は、世界でも稀であると思われる。

米軍のジブチ基地を訪問し、Snow 幕僚長(大佐)ら米軍幹部と意見交換をする筆者(米軍提供)

 米軍のレモニエ基地は、アフリカにおけるアメリカの唯一の恒久基地として知られる。AFRICOM(アメリカアフリカ軍)に属するCJTF HOA(Combined Joint Task Force - Horn of Africa、アフリカの角共同統合任務部隊 ) の司令部及びその隷下の各部隊が置かれているが、中東を統括するCENTCOM(アメリカ中央軍)とも連携する。

 なお日本の「基地」は、アメリカの基地に隣接する規模の小さな基地であり、事実上、米軍の防御態勢を前提にして存在していると言って差し支えないだろう。日本の航空隊が、精力的な情報収集活動を行って、各国とも共有していることと、セットである。フランス及びイタリアというアメリカの同盟諸国の軍事基地とも、同盟国としての紐帯を基盤にして、関係を持っている。

 これに対して、ジブチで孤高の存在となっているのが中国だ。高い城壁の上にそびえたつ要塞のような存在感を示し、付近を通行する車両や搭乗者を、嫌がらせのようにわざと撮影している姿を見せる。もちろんこちら側がスマホなどを手に取ったら、たちまち拘束されるだろう。それでも、同じ国に駐留していれば、儀式的なものであれ、文化交流等の機会を通じて、人的接触の機会がある。そうすれば自然に会話もする。ジブチに駐留する各国は、中国軍との人的接触を継続的に持てることに、大きな意味を見出している。

世界の大洋をつなぐ戦略的要衝

 なおジブチは、各国軍隊が過密にひしめく特異な場所であるが、同じ傾向は周辺国にも相当程度見られる。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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