【前回まで】都倉防衛大臣は安全保障の費用負担を訴えるタウンミーティングに出席した。「本土にミサイルを撃ち込まれたら報復するか」と問われた都倉は、意を決して答えた。
Episode6 一世一代
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「はっきりと申し上げます。もちろん、反撃すると」
間近で、都倉大臣の発言を聞いたのに、磯部はすぐにそれを飲み込めなかった。
聞き間違いに違いない――。
理性が、そう叫んでいる。だが、会場の聴衆、何より同行記者たちの反応を見て、聞き間違いではないと認めずにはいられなかった。
「課長!」
磯部に怒鳴られて、広報課長が慌てて閉会を宣言した。
そして、大臣の退場を告げると、会場から大きな拍手が沸き起こった。
都倉がそれに応えるかのように右手を上げた。
「大臣、退場しますよ。付いてきて下さい」
都倉の耳元で囁くと、大臣に近づいて来ようとする聴衆を押しのけるように磯部は進んだ。
SPが素早く都倉の脇を固め、背後に樋口が付いた。
「通して下さい!」
磯部が何度も繰り返し、動線を確保して体育室を出ようと進む前に、記者たちが群がった。
「大臣、今の発言について、コメントをください!」
ICレコーダーが、磯部の鼻先に突きつけられる。
「それは、改めてにしてくれ」
「いえ、磯部さん、ここで応じるわ」
背後から都倉に言われ、磯部は呆然と立ち尽くしてしまった。
「逃げても仕方ないでしょ。だから、どこか部屋を確保して下さい」
「樋口!」
最後尾にいた樋口が、すぐに反応した。
彼女は、広報課長に大臣の意向を伝えると、区民センター長を捕まえた。
「大会議室が空いているそうです」
元々、会場として予定されていた部屋だ。
「誘導を!」
樋口に命じると、センター長自らが先導した。
「じゃあ、皆さん、大会議室で取材に応じます」
磯部の声で、記者たちは我先に大会議室へ移動し始めた。
「大臣、会見をなさる前に、少しだけ打合せのお時間を戴けませんか」
既に、大会議室に足を向けている都倉に、磯部は追い縋って言った。
「その必要はないわ。私は、発作的に答えたわけじゃないから」……
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