ジョー・バイデンのジレンマ-最大の敵は自身が体現する既成政治への不信-

執筆者:冨田浩司 2024年4月22日
エリア: 北米

前回大統領選で民主党はバイデン氏の「年の功」を買ったわけだが……[国際電気工労働者友愛会(IBEW)の集会でスピーチするバイデン大統領=2024年4月19日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事

高齢問題や非白人・若年層の離反など強い逆風に晒されるが、トランプ陣営も訴訟対応に足を取られ支持率は拮抗状態が続いている。資金力・組織力や「生殖にかかわる権利(Reproductive Rights)」に対する女性有権者の関心など、優位な要素も挙げられる。だが、36年間上院議員を務めた後、副大統領、大統領を歴任したバイデンは、多くの国民が不信感を抱く既成政治そのものを体現している。現職候補としての行政経験のアピールでは、有権者に寄り添えないジレンマを克服できるか。

 先日本サイトで公開した拙稿「展望トランプ2.0-乗り越えるべき四つのハードル-」に続き、今回はジョー・バイデン大統領を取り巻く状況に関する考察をまとめてみた。

 これまでの選挙戦でバイデンは現職大統領としては歴史的にあまり類を見ない支持率の低迷に直面し、ドナルド・トランプ前大統領とのマッチアップにおいても後塵を拝する期間が続いた。選挙戦序盤とは言っても、こうした状況は一部の民主党の関係者の間で危機感を生み、代替候補者を選ぶ「プランB」への移行を求める声もあがった。

 バイデンに対する支持の低迷は経済情勢への不満や年齢問題を主たる要因としているが、同時に彼自身の党内での立ち位置や米国政治の構造的変化も関係している。いずれにせよ、支持率の低下には無党派層のみならず、バイデン当選の原動力となった非白人や若年層の支持離れが影響しており、こうした状況はトランプの再選を許さないという目的のもと挙党態勢で臨んだ前回の選挙からは様変わりである。再選に向けては綻びが見られる支持基盤を固め直すことが急務となっている。

 本稿では選挙戦の現状を評価したうえで、挙党態勢を妨げる要因を分析し、「プランB」の実現可能性を含め、今後の展望を探ることとしたい。

前例なき闘い

 英国の首相ハロルド・ウィルソンは「一週間は政治では長い時間だ」という警句を残したが、そうであれば選挙までの7カ月は永遠と言うに等しい。したがって、通常の選挙であれば現時点での世論調査の数字にはさほど重きを置く必要はないとも言えるが、今回の選挙は通常とは異なる。

 米国大統領選挙の長い歴史の中で、今回のように「現職対元職」の対決となった選挙は、過去に二例しかない。そのうち一つは、1912年にセオドア・ルーズベルト元大統領が第三党から出馬した特殊なケースのなので、民主、共和両党の指名を受けた「現職対元職」の対決となると、グローバー・クリーブランドが再選選挙で敗れたベンジャミン・ハリソンに挑戦した1892年の選挙に遡る。このため従来の経験則は今回の選挙には当てはまらない。

 例えば、現職大統領が再選を目指す際には、有権者の認知度や行政経験への信頼の面で対立候補に対して有利という経験則がある。しかし、対立候補が元大統領である今回の選挙では、こうしたメリットは帳消しとなる。

 さらに、今回の選挙では両候補がすでに大統領選の洗礼を受け、有権者の厳しい精査を受けていることにも留意が必要だ。こうした精査を通じ、両候補について材料は概ね出尽くし、有権者はそれぞれの資質についてもはや幻想は抱いていない。両候補に対する有権者の好感度が低調であるのはそのためだ。

 両候補に関する材料が概ね出尽くしているという前提に立てば、現時点での世論調査の数字は選挙当日まで大きく変動しないという推定も成り立つ。そうであれば、両候補に対する全国的な支持率が拮抗する形で推移していることを踏まえると、本番の選挙は相当の接戦になるとの見立てが成立する。近年の選挙同様、一部の「激戦州(battleground states)」の取り合いで勝敗が決着する可能性が高いと言えよう。

 そう考えると、民主党側の焦りは理解できる。前回の選挙では、バイデンは全国的な得票率で4.5ポイント、選挙人獲得数で74人差をつけて勝利した。しかし、勝敗を決めた激戦州での得票率の差は僅差であり、アリゾナ、ジョージア、ウィスコンシンの3州では1ポイントに満たない「ミクロの争い」であった。

 バイデンがこうした戦いに勝ち抜くことに成功した決定的な要因は、トランプに反感を抱く多くの有権者を投票所に動員することに成功したことだ。その中核となったのは、アフリカ系、ヒスパニックなどの非白人と若年層の有権者である。

 この点は投票率にも良く表れている。前回選挙の投票率は投票資格を有する有権者の66.8%と、1992年以降の大統領選で最も高い水準を記録したが、特に、非白人、若年層の投票率の増加が目立った1。共和党が選挙後ただちに各州において投票権を制限する立法運動に着手したことからも、民主党の成功の秘訣が動員力であったことが見てとれる。

コアリションの綻び

 このように前回選挙におけるバイデンの勝利は、民主党の支持層を構成する様々なグループによる連立(コアリション)に依拠したものであったが、最近になってこの土台に綻びが見え始めている。特に、非白人、若年層における支持の軟化が顕著だ。

 ギャラップ社の調査によれば、非白人と18歳から34歳までの若年層におけるバイデンへの好感度は、前回選挙から昨年12月までの間にそれぞれ20ポイント以上悪化している2。一方、トランプへの好感度は非白人において10ポイント、若年層において2ポイント改善するに留まっているので、これらのグループの支持がすべてトランプにシフトしているわけではない。しかし、本番での棄権や第三党の候補に票が流れる可能性も考えると、大きな不安材料だ。

 コアリションの綻びの要因として通常指摘されるのは、経済状況への不満と年齢問題である。確かに現下の最大の課題であるインフレが経済的弱者により深刻な影響を与えがちであることを踏まえると、非白人、若年層といった経済的に脆弱なグループの支持が軟化していることは頷ける。

 例えば、ピュー研究所の調査によれば、民主党の支持者の間で経済状況を優良、ないし良好と考える者は、50歳から64歳の中年層(56%)、白人(53%)、高所得層(60%)で高い割合を示したのに対し、18歳から29歳の若年層(29%)、アフリカ系(36%)、ヒスパニック(31%)、低所得層(32%)では低水準となっている(カッコ内は調査結果の実数)3

 年齢問題はそれ自体が支持率の低迷の一因となっているばかりでなく、経済情勢への不満と結びつくことでバイデンにとって一層厄介な問題となっている。というのも、有権者にとって年齢は単なる数字の問題ではなく、指導者への信頼にかかわる問題である。

 最近ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が激戦州とみなされる7州(アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ノースカロライナ、ネバダ、ペンシルべニア、ウィスコンシン)で行った調査によれば、すべての州で調査対象者が自分の州の経済はさほど悪くないと感じながら、米国経済全体については悲観的に見ている、という興味深い結果が出た4。有権者が実体以上に経済情勢を悲観的にみていることは、バイデンの指導力への信頼が低下していることを示唆する。

 また、コアリションが弱体化している背景には、経済への不満や年齢問題以外の要因が介在している可能性がある。投票権の擁護、学生ローンの軽減といった「リベラル・アジェンダ」に大きな前進が見られないことや、最近ではイスラエル・ガザ情勢への政権の対応に対して若年層やアラブ系有権者が反発していることなどがその例だ。

 さらに大きな図柄をみれば、トランプ運動が台頭する過程で二大政党の支持基盤に構造的変化が生じつつあるとの見方もある。高等教育を受けていない中・低所得層の支持が共和党へ、逆に高学歴の富裕層の支持が民主党へとシフトする「ねじれ現象」だ。非白人や若年層の支持離れもこうした変化の一環として起こっている側面もあろう。

「プランB」の実現可能性

 冒頭述べたとおり、支持率の低迷が続く中、民主党内部ではバイデン以外の候補者の擁立を模索する動きがくすぶり続けている。いわゆる「プランB」を求める声だ。こうした動きの背景を理解するためには前回選挙でバイデンが候補者になった経緯を振り返る必要がある。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 前駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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