「金正恩時代」の基盤整備:「3年服喪」経て独り立ちへ

平井久志
執筆者:平井久志 2014年12月25日
カテゴリ: 国際 外交・安全保障
エリア: 朝鮮半島

 金正日(キム・ジョンイル)総書記が亡くなって3年を迎えた12月17日の平壌の気温は零下7度だった。気温に加えて、時折、強い寒風が吹き、野外の体感温度は零下15度を下回っていたとみられる。

 金正日総書記死亡3年の中央追悼大会は平壌の錦繍山太陽宮殿広場で行われた。死亡1年目は12月16日に平壌体育館で、死亡2年目は12月17日に同じく平壌体育館で行われたが、今年は野外だった。3年前の2011年12月28日に行われた永訣式(葬儀)も雪の降る厳寒の中で行われた。テレビの録画中継画面を見ていると、今年は雪こそ降らなかったが、時折、強く吹く寒風に主席壇の下の幕がめくれ上がるなどし、主席壇の上に並ぶ幹部たちも寒さに震える様子が見て取れた。厚い黒いオーバーに身を包んだ金正恩(キム・ジョンウン)第1書記は一番元気そうに見えたが、80代半ばの老幹部や主席壇下の一般住民たちは凍え上がったに違いない。

 

決意表明

 厳寒の平壌で、なぜ今年はあえて野外の大規模集会という形で故金正日総書記の中央追悼大会を行ったのだろうか。そこに、「3年服喪」に区切りを付け、金日成(キム・イルソン)主席や金正日総書記の先代たちの威光を借りての権力確立にけじめをつけて独り立ちし、本当の意味での「金正恩時代」に入ろうという金正恩第1書記の決意表明のようなものを感じた。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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