人手不足と外国人(9)あるベトナム人留学生の「過労死」

出井康博
執筆者:出井康博 2015年4月24日

 人手不足が深刻化するなか、政府は「外国人技能実習制度」を拡充し、外国人労働者の受け入れを増やそうとしている。ただし、実習生を受け入れられる職種は70程度で、人手不足に直面しながら実習生に頼れない仕事は数多い。
 そうした職種で、「外国人留学生」が労働力として急増している。留学生をアルバイトとして雇うことは、風俗店などごく一部の職種を除けば可能だ。しかも実習生とは違い、採用数の上限もない。一方、出稼ぎ目的で来日する“偽装留学生”も急速に増えている。安倍政権が進める「留学生30万人計画」によって、留学ビザの発給基準が緩んでいるからだ。
 新聞などでは実習生の“奴隷労働”を批判する記事が目立つが、留学生の置かれた状況は実習生よりもずっとひどい。仕事は実習生もやらない夜勤の単純労働が中心で、時給も最低賃金レベルに過ぎない。日本人が嫌がる仕事の担い手として、都合よく利用されているのだ。その姿こそ“奴隷労働”と呼ぶにふさわしい。そんななか、今年2月、1人のベトナム人留学生に悲劇が起きた――。

 

実働週40時間

亡くなったコン君

 2月20日朝、岡山市内の日本語学校に通うベトナム人留学生、クエット君(22歳)の携帯に友人から電話が入った。
「コンが死んだ」
 クエット君は絶句した。コン君(享年26)は同じ日本語学校に通うルームメイトである。ベトナム人の友人と旧正月を過ごすため群馬県に向かった彼を、数日前に見送ったばかりだった。クエット君が言う。
「コン君は亡くなる前夜、友人のアパートで旧正月のお祝いをしていたそうです。そして翌朝、先に目覚めた友人がコン君を起こそうとすると、もう冷たくなっていた……」
 コン君は2013年9月、日本語学校へ留学するため来日した。ベトナム北部の都市、ニンビンの出身で、故郷では漁船の機械工をやっていた。家族は両親と姉、2人の妹がいた。父親は病気がちで、家族を支えていたのはコン君である。日本に来たのは勉強が目的ではない。金を貯めてニンビンに戻り、自動車の整備工場をつくる夢を追ってのことだ。
 ベトナムでは今、日本への留学を斡旋するビジネスが横行している。
「日本に留学すれば、アルバイトで月20万-30万円は簡単に稼げる」
 そんな甘い言葉でブローカーが若者を勧誘し、日本へと誘っていく。留学先となる日本語学校の学費やブローカーへの手数料などで、費用は軽く100万円を超える。物価が日本の10分の1程度のベトナムではかなりの大金だ。たいていの若者が借金して工面し、来日後は返済のためのアルバイトに明け暮れる。
 クエット君によれば、コン君は日本語学校の同胞たちから兄のように慕われていたという。
「やさしくて、とても正義感が強かった。困っている人の相談にもよく乗っていました」
 そんな彼がふさぎ込んだことがあった。来日して半年後の14年2月、故郷の父が亡くなったからだ。ベトナム人の家族のつながりの強さは日本人の比ではない。日本語学校も休み、アルバイトにも行かない生活が1カ月ほど続いた。
 だが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。コン君には約150万円の借金があった。その返済に加え、次の学期に備えて学費も貯めなければならない。休んだぶんも取り戻そうと、コン君は必死で働き始めた。
 職場となったのがコンビニ弁当の製造工場だ。岡山市内の工場で週2日、加えて週3日は、瀬戸内海を挟んで香川県にある工場まで出向いた。どちらの仕事も午後9時から翌朝6時までの夜勤である。実働は1日8時間で、週40時間に及んだ。留学生のアルバイトとして法律で認められた「週28時間」を大幅に上回る。しかし仕事を掛け持ちすれば、法律違反が見つかることもない。
 香川での仕事はクエット君も一緒だった。
「午後7時に集合して、会社が用意したバスで2時間近くかけて行くんです。バスには20人ほどが乗っていましたが、ベトナム人留学生ばかりだった」
 翌朝、瀬戸大橋を渡って岡山に戻ってくるのは朝8時だ。日本語学校は9時から始まる。徹夜明けでは授業に身が入らなくて当然だ。
 日本語学校が借り上げたアパートで暮らす約30人の留学生も皆、ベトナム人だった。アルバイト先でも学校でも同胞に囲まれた生活では、日本語が上達するはずもない。クエット君は今年3月に日本語学校を卒業し、岡山市内の専門学校に“進学“したが、来日から2年近くが経った今も日本語はカタコトだ。日本語など全くできなくても、入学金と学費さえ払えば留学生を受け入れる専門学校はいくらでもある。
 コン君は弁当工場での週5日の夜勤以外にも、仕事が見つかれば3つ目のアルバイトまでやっていた。それでも月収は20万円にも届かない。来日前、ブローカーから聞かされた話とは大違いである。
 コン君の死因について、警察は「突然死」として片づけた。しかし彼は、借金と学費の支払いに追われ、寝る間も惜しんで働いていた。疲労の蓄積を考えれば、「過労死」の可能性も否定できない。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
出井康博
出井康博 1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリストに。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新潮新書)がある。最新刊は『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)。
comment:2
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
価値あるバックナンバー
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順