1955年、インドネシアのバンドンにアジア・アフリカの新興独立国が参集し、バンドン会議が開かれた。ホストは独立を達成し、第三世界の盟主への道をひた走っていた権力絶頂期のインドネシアのスカルノ大統領。そして会議をリードしたのは、朝鮮戦争を乗り切り、毛沢東の指導の下で社会主義社会建設へ歩み出した中華人民共和国から参加した周恩来首相だった。その颯爽たる立ち居振る舞いと冴えわたる外交手腕で世界を魅了した姿こそ、バンドン会議最大の話題であったように思える。因みにサンフランシスコ講和条約によって占領状態を脱した直後の日本からの代表団団長は、国交正常化以前の中国とのLT民間貿易協定の日本側代表だった高碕達之助。

 それから60年。バンドンの地にアジア・アフリカの30カ国以上の首脳陣が集まり、バンドン会議60周年を記念し、4月22日から2日間にわたって国際会議が開かれた。ホストは世界第4位の人口を擁し経済成長著しいインドネシアが初めて選んだ庶民出身のジョコ大統領。そして会議全体を圧したのは、世界第2位の経済大国から参加した習近平主席の存在感だったようだ。

 同じバンドンを舞台に繰り広げられたアジア・アフリカ諸国首脳陣による国際会議ではあるが、1955年と60年後の今年とでは、会議を取り巻く内外情勢は違っていた。政治・経済・軍事など多方面での地球規模での中国の突出が、その象徴といえるだろう。であればこそ会議の真のテーマは、公式的には「世界の平和と繁栄を推進するための南南協力」だろうが、実質的には中国が推進するAIIB(アジア・インフラ投資銀行)であったに違いない。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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