明治人の「中国紀行」に学ぶ(上)
「習近平」の世界政策

樋泉克夫

 読者の方々から拙稿「AIIBと東南アジア」(2015年5月1日)に対する貴重なご意見をいただき、今後の参考に致したく思い、遅ればせながら改めてお礼申し上げます。

 

 最近、思うところがあり、幕末から明治時代の日本人が書き残してくれた中国紀行を読み進めていますが、中国人を大風呂敷・大法螺だとする考えを逸早く最も鮮明に打ち出したのは、自由民権運動における板垣退助の同志の1人である小室信介(嘉永5=1852年~明治18=1885年)だったように思われます。彼は清仏戦争勃発の報を聞くや、「清佛ノ戰況ヲ視察スル」ことを目的に明治17(1884)年8月末に東京から上海に向かい、以後、北京や天津を2カ月ほど掛けて歩き、帰国後に『第一遊清記』(明治18年、自由燈出版局)を著し、その冒頭で「清國ノ地理人情風俗兵備等ノ事ヨリ支那人民ニ係ル百般ノ事大率皆ナ意想ノ外ナラザルハナカリキ」と記しています。どのような言辞を弄そうとも、やはり「支那人民ニ係ル百般ノ事大率」は想定内、というのでしょう。

 ところが実際に中国を歩き中国人に接してみると、聞くと見るとでは大違いだった。そこで「支那ノ事ハ日本人ノ腦裏ノ權衡ニテハ決テ秤量スルベカラザルモノト知ル可シ」と警句を発しています。つまり、日本人の常識では計り知れない言動をみせる、ということでしょう。以下、興味深い記述を拾っておきますと、

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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