北朝鮮「水爆実験」の衝撃(下)党「軍需工業部」謎の人事

平井久志
執筆者:平井久志 2016年1月17日
カテゴリ: 国際 外交・安全保障
エリア: 朝鮮半島

北朝鮮の提案

 北朝鮮でまったく核実験の兆候がなかったわけではない。昨年1月10日、朝鮮中央通信は、北朝鮮が同9日に、米軍と韓国軍が今年の合同軍事演習を中止した場合、核実験を「臨時中止する用意がある」との提案を伝達したと報じた。米政府当局者はこの提案に対し「米韓演習と核実験を不適切に関連づけている」として事実上拒否した。韓国外務省当局者も「核実験は国連安全保障理事会決議で禁止されたもので、米韓演習と連動するものではない」と述べ、拒否の姿勢を示した。
 北朝鮮は昨年1月18日~19日、先般亡くなった米国のボズワース元北朝鮮担当特別代表や、デトラニ元朝鮮半島担当大使らとシンガポールで接触した際にも同9日の提案について説明した。李容浩(リ・ヨンホ)外務次官は記者会見で「米韓合同軍事演習を中止すれば核実験を中止する」という提案をしたことを明らかにした。しかし、米国はこの提案を拒否した。
 国際社会はこうした北朝鮮提案の背後にあるもの、彼らの提案が拒否されれば、その逆作業として核実験の準備を進めるとまでは読み切れなかった。

事前の兆候はあった

 昨年9月に米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」は豊渓里の核実験場で大型車両などの新たな動きが確認されたとした。西側坑道の入り口に偽装用ネットがかけられ、付近に大型車両4台が停車し、検問所でも多数の車両が確認されたとした。
 また、韓国の聯合ニュースは昨年10月30日、韓国政府消息筋が、豊渓里の核実験場で「新たな坑道を造る工事が進んでいるとみられる」と語ったと報じた。同消息筋は、今回の坑道が「新しい場所であるのは明らか」と述べていた。
 その後の昨年12月10日に金正恩第1書記の「水爆発言」が登場した。北朝鮮メディアは昨年12月10日、金正恩第1書記が改修された「平川革命史跡地」を現地指導したと報じた。金正恩第1書記はこの現地指導で「(金日成)主席がここで鳴らした歴史の銃声があったのでこんにち、わが祖国は国の自主権と民族の尊厳をしっかり守る自衛の核爆弾、水素爆弾の巨大な爆音を響かせることのできる強大な核保有国になることができた」と語った。国際社会は北朝鮮に水爆製造の技術はまだないと見て、「言葉による威嚇」という見方が一般的で、準備が進んできた核実験を読み解くことができなかった。
 韓国国防部の化生放防護司令部は、今年1月3日に、北朝鮮が豊渓里に新たに掘っている坑道はブースト型核分裂爆弾の実験に使用される可能性があると指摘し、これに必要な三重水素を生産する施設が核実験場内にあるとの見方も示していた。同司令部は韓国軍の化学戦に対応する部隊だが、国防部本体も同じ認識を共有しているとした。
 さらに、実は朝鮮中央通信は核実験の前日の1月5日に「われわれを核抑止力強化へ進ませた根本要因」という論評を発表した。同論評は、米国立文書保管所が公表した資料により、米国が1956年に既に北朝鮮の10あまりの地域を含む社会主義諸国の4500カ所を核攻撃目標にしていたことが明らかになったと指摘し「米国は、70余年の歳月、人類の生存を甚だしく脅かす核恐喝を1日も、一時も止めたことのない極悪非道な核犯罪国家である」と米国を非難した。論評は「米国の核恐喝を撃退するためにわが共和国が核を保有してそれを法制化し、新たな並進路線に従って絶えず強化するのはあまりにも当然なことである。絶え間なく増大する米国の核脅威こそ、われわれを核抑止力の強化へ進ませた根本要因である」と主張した。
 この一連の動きを今、振り返ってみると、北朝鮮に核実験の兆候がまったくなかったわけではないことが分かる。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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