「トランプ・カード」に期待するプーチン大統領

 筆者は3月初め、大統領選さ中のワシントンに1週間滞在したが、共和党トランプ候補と民主党サンダース候補というアウトサイダーの躍進で、ワシントン特有の外交論議は低調だった。通常、この時期は有力候補の国務省・国防総省人事や外交戦略予測が話題になり、シンクタンクの専門家が政権入りに向けて猟官運動を始める。しかし、ある識者は「ワシントンの外交シンクタンクは開店休業状態だ。トランプ旋風にすっかり醒めている」と述べていた。専門家らの最大の不安は、トランプ氏が本選挙で勝利し、「核のボタン」を握る悪夢だ。

核戦力に無知

 ワシントンでは、昨年12月15日の共和党候補の討論会で、トランプ氏が核兵器の無知をさらけ出すシーンが話題になっていた。「最高司令官として、核戦力3本柱のどれを重視するか」との質問に、トランプ氏は「核については、極めて厳格かつ慎重な対応が必要だ。核はすべてのゲームを変えてしまう」などと慌てて答えた。司会者が「3本柱の優先順位はどれか」と改めて迫っても、「私にとって、核兵器は戦力であり、破壊的であり、それは極めて重要だ」などと支離滅裂だった。
 共和党主流派のマリオ・ルビオ候補は同じ質問に、「米国の核戦力を構成する3要素であり、航空機、サイロ、潜水艦から発射する核ミサイルのことだ。3つとも重要であり、米国の抑止力を確保する」と優等生の回答をした。トランプ候補が戦略核3本柱を知らなかったのは明らかで、最高司令官の資格を疑わせた。
 ある専門家は「トランプ候補には外交戦略も国防戦略もなく、周囲に外交専門家もいない。大統領になる資格はない」と突き放した。ニューズウィーク誌によれば、「どの候補が米外交のかじ取り役としてふさわしいか」との外交専門家を対象にした調査で、共和党で最も評価の高かったのはケーシック・オハイオ州知事、2位が撤退したジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、3位がルビオ候補で、トランプ候補の支持率は1.66%だったという。民主党では、クリントン前国務長官が80%と圧倒した。

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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