北朝鮮のリオ五輪(下)「スポーツ外交」は空振りか

 金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の側近で北朝鮮のスポーツ界を統括する組織である国家体育指導委員長でもある崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長はリオ五輪参観のために7月30日に平壌を出発、北京に到着した。崔龍海副委員長は8月4日にブラジルのリオデジャネイロに到着したが、韓国の聯合ニュースは北京からキューバ、ブラジルのサンパウロを経てリオデジャネイロ入りしたと報じた。

崔龍海氏のスポーツ外交は誇張?

 8月5日のリオ五輪開会式では北朝鮮選手団が156番目に入場すると、貴賓席にいた崔龍海党副委員長も起立して選手たちに手を振った。
 朝鮮中央通信は7日、リオ入りした崔龍海副委員長が4日に国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長やリオ五輪組織委員長などと会い、5日にブラジルのテメル大統領代行(副大統領)と会談したと報じた。また、同日、スイスとサンマリノの元首、アンゴラ、赤道ギニア、ザンビアの副大統領とそれぞれ会ったと報じた。スポーツ強国を目指す金正恩党委員長の方針に沿い、崔龍海党副委員長が積極的なスポーツ外交を展開したと受けとられていた。
 しかし、韓国の聯合ニュースは8月10日、バッハIOC会長は4日にリオのホテルでIOC会長主催の夕食会を行い、参加した各国代表数百人と軽い挨拶を交わしたが、個別の深い対話を交わした人物はいなかったと報じた。さらに、聯合ニュースがブラジル外務省にテメル大統領代行が5日に崔龍海副委員長と会談したのかと確認したところ、ブラジル側は「北朝鮮が副大統領級の高官を派遣したことは承知しているが、テメル大統領代行は会ってはいない」と北朝鮮側の報道を否定したと報じた。
米政府系メディア、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は17日、前平壌駐在ブラジル大使がVOAへEメールを送り、崔龍海副委員長は個別ではなく、他の国の代表たちと一緒にテメル大統領代行にあったと伝えてきたと報じた。ブラジル外務省に確認した結果という。
 北朝鮮側は聯合ニュースの報道などに反応を示していないが、個別会談ではなく、五輪参加国の代表団と一緒に面談したことをやや誇張した可能性もあり、北朝鮮の「活発なスポーツ外交」とは言い難いようだ。
 崔龍海党副委員長は11日午前1時半にリオを出発し、再びキューバに向かった。崔龍海党副委員長は12日午前にバルデスメサ国家評議会副議長と会談し、両国関係の友好と協力について話し合った。バルデスメサ副議長は今年6月に訪朝し、金正恩党委員長とも会談している。13日がフィデル・カストロ前国家評議会議長の90歳の誕生日のため、誕生祝いの贈り物を渡した。誕生日の13日に合わせてのキューバ訪問とみられたが、フィデル・カストロ前議長と会えたという報道は現時点ではない。
 崔龍海党副委員長は16日に平壌へ帰国した。空港には国家体育指導委員会の副委員長でもある盧斗哲副首相や駐平壌のロシア大使、中国大使、キューバ臨時大使などが出迎えた。

カテゴリ: スポーツ 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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