北朝鮮「エリート駐英公使」の亡命(下)金正恩体制は「動揺」するのか

平井久志
執筆者:平井久志 2016年8月25日
エリア: 朝鮮半島

 北朝鮮はテ・ヨンホ駐英公使の亡命について沈黙を守っていたが、8月20日午後、テ公使の名前は出さず「英国駐在代表部に勤務していた者」を非難する朝鮮中央通信論評を発表した。

「人間のくず」「犯罪行為の処罰恐れて逃亡」

 同論評はテ公使について「多額の国家資金を横領し、国家秘密を売り渡し、未成年強姦犯罪まで働いた」と非難し、犯罪捜査のために6月に召還指示を受け、北朝鮮の中央検察所が犯罪資料を調べ7月12日に捜査開始決定書を発給したと報じた。
 同論評は公金横領の内容や金額、どんな国家秘密を誰に漏洩したのか、未成年者強姦事件がどういうものなのかなど具体的な事実については言及していない。その一方でテ公使を「人間として身につけるべき初歩的な信義も、いささかの良心も、道徳もない人間のくずである」と、口を極めて非難した。
 論評は「南朝鮮かいらい」(朴槿恵政権)がこの亡命事件で「反共和国謀略宣伝と同族対決策動」を続けていると韓国政府を非難した。さらに、北朝鮮当局が英国側に犯罪者引き渡しを求めたが「旅券もない逃走者らを南朝鮮のかいらいにそのまま引き渡すことによって、法治国と自称する英国のイメージを自ら汚した」と英国政府も非難した。
 一方、論評は「笑止千万なのは、南朝鮮のかいらいが、逃走者が代表部で党活動をしただの、抗日闘士の息子だのと途方もないうそを並べ立てて一顧の価値もない逃走者の汚らわしい価値を少しでも上げようとやっきになっていることである」と述べ、抗日パルチザンの家系との見方には否定的な反応を示した。
 しかし、北朝鮮は8月21日付「労働新聞」をはじめ、一般住民が接することのできる国内メディアではこの亡命に言及していない。一般住民は、国内メディアが朝鮮中央通信を引用しないとこの英国駐在公使韓国亡命事件を知ることはできない。その意味では、北朝鮮当局は対外向けメディアで韓国やこれに協力した英国を非難しながらも、国内向けにこの事実を報道すれば動揺が広がるだけに報道を控えているとみられる。
 北朝鮮がテ公使を犯罪者呼ばわりしたのは、この亡命が国内に伝わっても影響を最小限に抑える狙いもあるものとみられる。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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