模倣、継承、剽窃からの「創造」――日本美術「名作誕生物語」

執筆者:フォーサイト編集部 2018年5月2日
エリア: 中国・台湾 日本

伊藤若冲《仙人掌群鶏図襖》(部分) 重要文化財 江戸時代・18世紀 大阪・西福寺蔵

 

 一般的にあまり知られていないが、日本には現在も発行を続ける「世界最古の美術雑誌」がある。それは、日本・東洋古美術研究誌の『國華』。この雑誌は、明治22(1889)年10月、思想家の岡倉天心(1863~1913年)とジャーナリストであり政治家でもあった高橋健三(1855~98年)が中心となって、日本や東洋の文化を再評価すべく創刊された。岡倉が掲げた宣言文冒頭には「夫レ美術ハ國ノ精華ナリ」の言葉が掲げられ、「今日の國華は将来の東皇(東方の神、指導者)となることだろう」(現代語訳)と結ばれている。

1冊1円の創刊号

 創刊号では、《伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば)》(住吉弘貫による模本)と岩佐又兵衛《美人図》を多色摺り木版画で、狩野正信《三笑図(さんしょうず)》、円山応挙《鶏図》、運慶《無著像(むじゃくぞう)》は、ガラス板を原版に使用する精巧なコロタイプ印刷を用いたモノクローム写真で紹介している。最新の印刷技術を用いたB4判ほどの大きさの創刊号は、豪華で魅力的であったものの、値段は1冊1円。現在の貨幣価値に換算すれば、約1万円という高価なものだった。

 現『國華』主幹・小林忠氏は、こう話す。

 「浮世絵から引き継がれ、洗練されてきた伝統的な木版画と、29歳だった新進気鋭の写真家・小川一眞(1860~1929年)がアメリカから持ち帰ったコロタイプ印刷と、新旧2つの技術を駆使し、岡倉天心は理想の誌面を追い求めたのです。ただ経費を度外視したため、数年で経済的に破綻してしまい、新聞人と親交があった高橋健三が『朝日新聞』の社主だった村山龍平(りょうへい、1850~1933年)、上野理一(1848~1919年)に援助を求めました。『國華』は現在も定価5000円プラス消費税と高額です。とても雑誌の値段とは思えない(笑)。親の『朝日新聞』にとっては出来の悪い息子ながら、関東大震災と先の戦争で休刊を余儀なくされた以外は、厳しく査読された数々の学術論文を毎号誌上に発表し、新発見、再発見された重要な作品を世界に向けて発信し続けることができています」

「影響」と片づけがち

 今年、創刊130年目を迎えるこの『國華』と『朝日新聞』140周年を記念して、特別展「名作誕生―つながる日本美術」が東京国立博物館で開催されている。本展覧会は日本・東洋美術史研究の第一線で活躍する『國華』編輯(へんしゅう)委員と東京国立博物館研究員が協議を重ねて企画し、選りすぐりの日本美術史上の「名作」を紹介。当然、展示作品には『國華』掲載作品も少なくない。これらの名作がどのように誕生したのか、巨匠たちが何と、誰とつながって名作を生んだのか、作家や作品同士、共通するモチーフなどの「つながり」に注目している。『國華』編輯委員の佐藤康宏東京大学文学部教授が説明する。

《普賢菩薩騎象像》 国宝 
平安時代・12世紀 東京・大倉集古館蔵

 「古い時代のものを後世に伝えていくことも、現代の作家が古い時代の作品にインスピレーションを得、作風や技巧を変えて挑戦するということも、作品、作家同士の『つながり』です。それをつい私たちは、『影響』と一言で片づけてしまいがちですが、その実態はとても複雑なもの。今回の展覧会では、作品や作家たちの間に何が起きていたのか、研究者たちが解明しようとしている美術史を、観客の方には彼らに近い気分でご覧いただけるようにしたい。展示は、奈良時代(710~794年)後期の一木造の仏像から、岸田劉生に至る近代の作家まで、美術史の流れを汲むことができるような構成にしています」

 展示作品の約130件は、鑑真ゆかりの木彫や普賢菩薩像などの仏教美術、雪舟、宗達、若冲らの代表作、伊勢物語や源氏物語といった古典文学から生まれた工芸の名品、そして近代洋画まで、地域、時代を超えた12のテーマに分けられている。それらの作品の材質や技法、特徴的な形やモチーフ、形の意味や制作の意図などを、「つながり」のある作品を通して比較し、作品が生まれたプロセスを知ることができるのだ。

明の画家から雪舟、元信へ

 佐藤教授は、「展覧会を通して見ると、『雪舟』の部屋がもっとも充実している」と言う。数えで48の歳、明に3年滞在した雪舟等楊(せっしゅうとうよう、1420~1506?年)は、南宋(1127~1279年)の夏珪(かけい)や玉㵎(ぎょくかん)など過去の画家に学ぶだけではなく、彼が師事したといわれる李在(りざい)や同時代の明の画風も取り入れて、独自の水墨画を発展させていった。

【展示期間】4月13日~5月6日
雪舟等楊筆《四季花鳥図屏風》 重要文化財 
室町時代・15世紀 京都国立博物館蔵

 「モチーフが画面の奥へと重なる様や、屈曲した松や梅の枝が画面の外に出、折り返し画面の中に戻る雪舟の《四季花鳥図屏風》の構図は、明らかにこの時代の作風を“受け取って”います。雪舟より少し後の作品になりますが、明(1368~1644年)の画家・呂紀(りょき)の《四季花鳥図》や殷宏(いんこう)の《花鳥図》にも同じ特徴が見られます。それは狩野元信(1477~1559年)の《四季花鳥図》に受け継がれていますが、元信は雪舟画を規範としたうえで、モチーフを重ねずに横に広げ、枝の屈曲もゆるめた穏やかな画面を作っています」

呂紀筆《四季花鳥図》 中国・明時代・15~16世紀 東京国立博物館蔵 【展示期間】4月13日~5月6日

 会場では雪舟、呂紀、元信の順で作品が配され、彼らの「つながり」を実際に感じることができる。

 また、5月8日からは昨年、84年ぶりに所在が確認された雪舟の真筆画《倣夏珪山水図(ほうかけいさんすいず)》が、東京では初めて一般に公開されるというから、こちらも見逃すことができない。

「自己模倣」で見せた新境地

 また佐藤教授は、江戸の奇想の画家・伊藤若冲(1716~1800年)研究の第一人者でもある。若冲のコーナーでは、彼の手本となった中国の元(1271~1368年)~明時代の画家・文正(ぶんせい)や陳伯冲(ちんはくちゅう)が描いた鶴の絵と、若冲の《白鶴図(はっかくず)》が並列されている。

 「若冲は“天才”と呼ばれますが、私はそうは思いません。彼は膨大な数の模写を通して、独自の形を作り出していった画家だと思っています。何かを作るときに、別の何かを参考にする、それをどううまく使うか……と、多くの先達たちは私たちと同じように苦心したはず。“天才”で済ますと、そのあたりのことが吹き飛んでしまう。若冲が模倣した絵画を見比べて、何が起こったのかを、まずは考えてほしいのです。

 文正の《鳴鶴図(めいかくず)》の飛翔する鶴を、若冲が《白鶴図》で、狩野探幽(1602~74年)は《波濤飛鶴図(はとうひかくず)》で同じ姿を描いています。文正や探幽の自然で生々しい鶴とは異なり、若冲の鶴は白い羽をまるで透き通ったレースのように描いて、羽の形を強調しているかのようです。しかしこれは逆に、形そのものの抽象的な面白さが際立つ表現でもある。また、文正の立ち姿の鶴の模写の背景には、陳伯冲の《松上双鶴図(しょうじょうそうかくず)》の背景を、若冲なりの表現で引用しています」

伊藤若冲筆《仙人掌群鶏図襖》(部分) 重要文化財 江戸時代・18世紀 
大阪・西福寺蔵
伊藤若冲筆《雪梅雄鶏図》
江戸時代・18世紀 
京都・両足院蔵

 さらに若冲には、「自己模倣」によって新たな作品を作り出した例がある。

 「晩年の代表作《仙人掌群鶏図襖(さぼてんぐんけいずふすま)》の金地に描かれた濃い緑のサボテンと奇妙な形の岩、鶏は、初期の《雪梅雄鶏図(せつばいゆうけいず)》の背景の梅の枝ぶりと鶏の形、位置などと構図がよく似ています。しかし、魅力は全く違う。《仙人掌群鶏図襖》では、初期の精密な描写と晩年の水墨画に見られるデフォルメされた鶏を融合し、斬新な“サボテン”と組み合わせ、鮮やかな色彩で描き出しています。これは、若冲が自己模倣によって完成させた“新境地”でした」

人物描写のリレー

《湯女図》 重要文化財 江戸時代・17世紀 静岡・MOA美術館蔵 【展示期間】4月13日~5月13日

 ほかにも、岩佐又兵衛(1578~1650年)《洛中洛外図屏風(舟木本)》から《風俗図屏風(彦根屏風)》、《湯女図》や菱川師宣(1618~94年)《見返り美人図》までの人物描写のリレーにも注目してほしいと言う。

 「《洛中洛外図屏風》の六条柳町に立って後ろを振り返っている2人の侍が、《湯女図》に描かれた左側の女性2人に非常によく似ています。そこから《見返り美人図》が生まれています」

 そして最後に、他の作品を模写したという文献的な「証拠」があるものとないものの代表例として、岸田劉生(1891~1929年)の2作品《野童女(やどうじょ)》、《道路と土手と塀(切通之写生)》が並ぶ。

葛飾北斎筆《くだんうしがふち》 江戸時代・19世紀
東京国立博物館蔵
【展示期間】4月13日~5月13日
岸田劉生筆《道路と土手と塀(切通之写生)》 重要文化財 大正4(1915)年東京国立近代美術館蔵

 「劉生は《野童女》制作の際、顔輝(がんき、中国・宋~元時代に活躍)の《寒山拾得図(かんざんじっとくず)》の写真版をかたわらに置いていたことを日記に記しています。麗子像(劉生の娘。《野童女》含め、しばしば絵のモチーフとなった)の不可思議な魅力は、顔輝のグロテスクな不気味さをうまく活かしているから。一方、《道路と土手と塀(切通之写生)》は、葛飾北斎(1760~1894年)の《くだんうしがふち》や歌川国芳(1798~1861年)の《東都名所 かすみが関》や《東都富士見三十六景 昌平坂乃遠景(しょうへいざかのえんけい)》といった浮世絵の江戸名所図と、明らかに形のつながりがあるように見えますが、劉生はそれに一言も触れていません。しかし、それぞれの関係が、常に文献史料だけで裏付けられるものでもありません。このように、受け取る方が無意識のうちに取り入れている形の伝播も感じてほしいと思っています」

 

「日本・東洋美術の宝庫」

 2003年に刊行された雑誌『國華清話会』1号に、作家・丸谷才一は「『國華』びいき」というコラムを寄せている。冒頭近く「わたしが金を払って読む雑誌は、外国雑誌を別にすれば三つにすぎない。『月刊ベイスターズ』と『日経サイエンス』と『國華』である」とユーモラスに始まり、「毎月これが届くと、色刷りや単色刷りの図版を眺めて楽しみ、それから論文を読んでその作品の背景やいはれ因縁、美術史的な位置などを知り、そのあとでまた図版に見入つてうつとりするのである」(仮名遣い原文ママ)と、存分に『國華』愛が語られている。その文末で「一八八九年以来のバックナンバー全体の集積が日本美術の宝庫」とまで言い切っているのだ。『國華』という雑誌が、今日まで日本・東洋美術に果たしてきた役割を窺い知ることができるだろう。

 その『國華』に携わる編輯委員らが加わり、5年以上をかけて、特別展「名作誕生―つながる日本美術」は練り上げられたという。小林主幹は朝日新聞の本展特集記事で本展を、「伝統を踏まえて創造するという美術の誕生物語を示すもので、高い研究性を備えています」と語っているが、作家が受け継いできた「美の系譜」に思いを馳せる貴重な機会になることは間違いない。

 

創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年
特別展「名作誕生―つながる日本美術」

会期:5月27日(日)まで 

会場東京国立博物館 平成館

休館日:月曜日

開館時間:9:30~17:00 ※毎週金・土曜日は21:00、日曜・祝日は18:00まで ※入館は閉館の30分前まで

 

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執筆者プロフィール
フォーサイト編集部 フォーサイト編集部です。電子書籍元年とも言われるメディアの激変期に、ウェブメディアとしてスタートすることになりました。 ウェブの世界には、速報性、双方向性など、紙媒体とは違った可能性があり、技術革新とともにその可能性はさらに広がっていくでしょう。 会員の皆様のご意見をお聞きし、お力をお借りしながら、新しいメディアの形を模索していきたいと考えております。 ご意見・ご要望は「お問い合わせフォーム」や編集部ブログ、Twitterなどで常に受け付けております。 お気軽に声をお聞かせください。よろしくお願いいたします。
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