ロシアは9月10日に統一地方選、来年3月17日に大統領選を控え、秋から「政治の季節」に入る。
ウラジーミル・プーチン大統領はあくまで続投の構えであり、クレムリンは既に、5選に向けた準備を開始したと伝えられる。大統領は軍最高司令官であり、続投しない場合、ウクライナの戦争指導ができないだけに、プーチン氏に退陣の選択肢はなさそうだ。
一方で、民間軍事会社「ワグネル」が決起した「プリゴジンの乱」の衝撃は依然続き、プーチン氏の指導力、政治力に陰りがみられる。
ウクライナ戦争は「プーチンの戦争」であり、プーチン氏が退陣すれば、終結に向かう可能性が強いだけに、後継者論議に注目すべきだ。
SNSに登場した謎の「後継者」アカウント
ロシアで開発されたSNS「テレグラム」に「プリエムニク(後継者)」と題したアカウント(https://t.me/preemnik/5043)があり、クレムリン要人の動向や後継者問題の行方を連日伝えている。
2017年に開設され、誰が運営しているかは謎だが、クレムリンの内部情報にも精通しており、政権の一部が関与している可能性もある。
毎月、「プーチンの後継者候補」として、政治家のランキング30人を公表しており、8月2日の投稿では、トップ20人の顔ぶれはこうなっている。
1、ドミトリー・メドベージェフ前大統領(安保会議副議長)
2、ミハイル・ミシュスチン首相
3、セルゲイ・キリエンコ大統領府第一副長官
5、アンドレイ・トルチャク上院第一副議長(与党・統一ロシア書記長)
6、セルゲイ・ソビャーニン・モスクワ市長
7、アレクセイ・デューミン・トゥーラ州知事
8、アントン・ワイノ大統領府長官
9、セルゲイ・ナルイシキン対外情報庁(SVR)長官
10、イーゴリ・クラスノフ検事総長
11、ゲルマン・グレフ・スベルバンク頭取
12、ビャチェスラフ・ボロジン下院議長
13、セルゲイ・ショイグ国防相
14、マラト・フスヌリン副首相
15、デニス・マントゥロフ副首相兼産業貿易相
16、アンドレイ・ボロビヨフ・モスクワ州知事
17、ユーリー・トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表
18、エフゲニー・プリゴジン「ワグネル」創業者
20、ボリス・コワルチュク・エネルギー統一機構会長
ウクライナ系も候補者
「後継者」の投稿は、①大統領の信頼、②大統領との親密さ、③権力機構における地位と経験、④将来性、⑤エリート内の支持、⑥公共政策の知識と能力――を基に選定したとしている。このうち最も重要なのは、「プーチンに近く、信頼関係が深いこと」だという。
20人はいずれも政権中枢に近いエリートで、後継者は政権内部から選ばれるとの見立てだ。プーチン氏はこれまで、与党・統一ロシアの推薦候補として当選しており、後継者が誕生する場合、プーチン氏の指名または承認を得て、与党から出馬することになる。ロシアの選挙は不正の多い「官製選挙」であり、大半は与党候補が当選する。
ランキングでトップのメドベージェフ氏は、政権内リベラル派から極右に転向し、頻繁に核の恫喝を行うなど、ロシア国内でも顰蹙を買っている。しかし、投稿は「プーチンから絶対的な信頼を得ており、一度大統領を務め、最も現実的な候補者」としている。
2位のミシュスチン首相は、大統領が職務執行不能に陥った場合、大統領代行に就任し、憲法規定では事実上のナンバー2だ。欧米の経済制裁の中で、テクノクラートを束ねて堅実な経済運営に当たっており、独立系世論調査機関、レバダ・センターの調査では、支持率は70%台と高い。前任のメドベージェフ氏の首相時代後半の支持率は30%前後だった。
3位のキリエンコ氏は政権の政治戦略を担い、「独自のエリート・グループを形成し、政権システムの再編成を行っている」という。ただし、リベラル派からの転向組で、名前がウクライナ系であることも、後継候補としてはマイナス材料だ。
エリート2世も登場
4位のパトルシェフ農相の父は、プーチン氏のKGB(国家保安委員会)時代の先輩で、政権を支える実力者、ニコライ・パトルシェフ安保会議書記。その長男である農相は銀行家出身で、経済学博士号を持ち、サラブレッドとして注目されている。投稿は「パトルシェフ一派は北極海航路の利権を持ち、北極海港湾開発で政府の助成を得た」としている。農相の実弟は研究機関「北極イニシアチブ・センター」の代表を務める。
5位のトルチャク上院議員の父もサンクトペテルブルク時代、プーチン氏の柔道仲間でオリガルヒ(新興財閥)だ。「プーチンの金庫番」とされるユーリー・コワルチュク・ロシア銀行会長の子息で、20位に付けたボリス・コワルチュク氏と併せ、政権エリート二世が台頭してきた。
6位のソビャーニン市長は9月のモスクワ市長選に出馬する。「65歳で、さらに続投するなら、将来の選択肢は狭まる」という。
7位のデューミン知事はプーチン氏の元ボディーガードで、忠誠心が強い。国防次官を務め、2014年のクリミア併合で暗躍するなど、プーチン氏の懐刀だ。投稿は、「デューミンは『プリゴジンの乱』の鎮圧に極めて重要な役割を果たした。連邦政府のポストに抜擢される見通しで、国防相の可能性があるが、ショイグ国防相が復活しつつあり、不透明になった」としている。
日本とつながる人物も
ランキングには、日本とつながりのある人物も登場する。
8位のワイノ長官は日本通外交官出身で、日本語が堪能。在日ロシア大使館に勤務中の2000年に訪日したプーチン氏に目をかけられ、大統領府に移って要職に就いた。大統領府長官就任後も、しばしば日本をお忍びで旅行していたという。
投稿はワイノ長官について、「『プリゴジンの乱』で多くのエリートが風向きを計算し、閉じこもる中、デューミン知事と同様、交渉で重要な役割を果たした。忠誠心や効果的な行動力を発揮し、地位が高まっている」「公務員人事や汚職防止部門で影響力を強めている」と評価した。
9位のナルイシキン長官は、プーチン氏のKGB時代の後輩で、下院議長時代に日露文化交流の窓口役として何度も来日し、安倍晋三元首相らと会談した。昨年2月のウクライナ侵攻直前、テレビ中継されたクレムリンでの会議で、「交渉による解決」を訴えてプーチン氏の激しいパワハラに遭い、しどろもどろになった。実弟は日本たばこ産業(JT)の現地法人で働いていた。
17位のトルトネフ副首相はロシア空手協会会長を務め、空手発祥の地、沖縄をしばしば訪れている。
24位のオレグ・コジェミャコ沿海地方知事は雄雌の秋田犬を2頭飼い、秋田犬のブリーダーとしても知られる。前職はサハリン州知事だったが、反日派が大半の歴代知事と違って、日本に敬意を示していた。
プリゴジン氏は18位で「復活」
後継候補上位の常連だったショイグ国防相は、ウクライナ侵攻の不手際や「プリゴジンの乱」で評価を落とし、13位に後退した。投稿は「ショイグは反乱の嵐を乗り越え、徐々に失地を回復しつつある。プーチンはショイグを見捨てなかったが、われわれはいずれ国防相の職を退かざるを得なくなるとみている」と伝えた。
プーチン氏から「裏切者」呼ばわりされたプリゴジン氏は、7月に後継者ランキング30位の圏外に去ったが、8月は18位で復活した。
投稿は「エリート集団の利害が複雑に絡み合う現在のシステムでは、プリゴジンを外すより、許した方の問題が少ないとの判断が働き、居場所を確保している」「プリゴジンは小さいながらも独立したエリート集団の長であり、無視できない。後継者になるチャンスは難しいだろうが、不可能ではない」と伝えた。
記述が事実なら、「プリゴジンの乱」は政権内部でまだ決着しておらず、今後も波紋が続くことになる。
政権交代には新たな反乱事件が必要か
プーチン氏の後継者問題は、ロシアに次々誕生する新興メディアや他のSNSサイトでも論じられるようになってきた。これは、ロシア・ウクライナ戦争の長期化で社会に閉塞感や不安感が広がり、現状を変えたいという国民の欲求を反映しているととれる。
とはいえ、現在のプーチン政権はプーチン氏が一代で築いた体制で、企業で言えば、プーチン氏は創業者であり、社長兼CEOだ。プーチン氏のおかげで引き立てられた幹部が、恩人に引導を渡すことは社会通念では考えられない。
その点、プーチン氏は健康が許す限り、権力を維持する構えだ。独立系メディア「メドゥーザ」(7月18日)は、クレムリンは大統領選に向け、国営企業や支持者を動員し、80%以上の圧倒的得票率でプーチン氏の5選を達成しようとしていると報じた。
出馬宣言の時期や場所は決まっていないが、11月にモスクワで行われる愛国イベントや、秋に地方を視察する際に表明する可能性があるという。国民の圧倒的な支持を誇示して次の6年のフリーハンドを得ることで、ロシア・ウクライナ戦争を長期戦に持ち込み、ウクライナや欧米諸国の疲弊を狙っているかにみえる
従って、このランキングはあくまで形式的であり、プーチン氏が健康悪化などで退陣する場合に禅譲する政治家の序列ととれる。。
政権交代や後継体制に道を開くには、来年3月の大統領選までに、「プリゴジンの乱」のような第二、第三のサプライズが発生し、政権を動揺させることが必要だろう。
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