ドイツ3党連立政権樹立への予備的協議は現地時間15日までの完了を目指しているというが……。©Lutsenko_Oleksandr / Shutterstock
ドイツに史上初の3党連立政権が誕生する公算が強まっている。キングメーカーとして鍵を握るのは環境保護政党・緑の党と新自由主義政党・自由民主党(FDP)だが、気候変動対策の税負担と財政政策については隔たりが大きい。「メルケル後」のドイツは、まだ容易には輪郭を現さない。

保守党が歴史的敗北、左派が躍進

 キリスト教民主同盟(CDU)のアンゲラ・メルケル首相が16年間にわたってこの国の舵取りを行った後、本格的な政権交代の可能性が日一日と強まっている。

 9月26日の連邦議会選挙ではCDUと姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)が得票率を前回の選挙に比べて9ポイント近く減らし、敗退。

 これに対し社会民主党(SPD)と緑の党、FDPが得票率を増やした。SPDのオラフ・ショルツ首相候補は、「国民がこれらの3党の連立政権を望んでいることは明らかだ。我々は、ドイツを変革するための核を形成する」と述べている。

 ショルツ氏は、メルケル政権の財務大臣兼副首相。地味で官僚的な印象を与える政治家だが、3人の首相候補の中では中央政界・地方政界での経験が最も豊富だ。SPDへの支持率は、今年7月以降打ち上げ花火のように急上昇した。CDU・CSUのアルミン・ラシェット首相候補、緑の党のアンナレーナ・ベーアボック首相候補の人気が、様々な失点によって下がったからだ。

 ラシェット氏については、選挙戦の中で指導力の欠如と性格の弱さが明らかになった。致命的な打撃となったのは、今年7月にフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領とともに行った水害被災地の視察である。大統領が記者団の前で犠牲者への哀悼の意を表していた時に、ラシェット氏は背後で笑っていた。この映像は「不謹慎」と国民から強く批判され、CDU・CSUの支持率を引き下げた。

 べーアボック氏も、臨時収入を連邦議会事務局に申告するのを忘れたり、新著の中で他の党員の記事を無断で引用したりするなど、様々な個人的なミスをメディアに暴露されて苦戦した。

 ショルツ氏については、2人とは対照的に個人的なミスが暴露されなかった。さらに彼は、財務大臣として手堅い仕事ぶりを見せた。ドイツは2014年から2019年まで財政黒字を記録していたが、ショルツ氏は財務大臣として「コロナが市民や企業に与える打撃を軽減するには、財政赤字を抱えるのは止むを得ない」として巨額の財政出動に踏み切った。水害後に被災地を訪れて「被害を受けた人々を強力に支援する」と断言。300億ユーロ(3兆9000億円・1ユーロ=130円換算)の復興基金を創設した。派手さはないが、実務家として堅実そうな印象を与える点が、有権者に評価された。前回CDU・CSUを選んだ有権者の内、約150万人が今回SPDに票を投じた。

 この国では、2009年からの4年間(CDU・CSUとFDPの連立政権)を除くと、2005年以来CDU・CSUとSPDの大連立政権が続いてきた。今回の選挙結果は、多くの有権者が大連立の終焉を望んだことを示している。次期連邦議会の議席数は735なので、新政権が過半数を取るためには、368議席を確保しなくてはならない。下のグラフが示すように、今回もCDU・CSUとSPDが組めば、過半数を取れる。しかしCDU・CSUに対して有権者が「ノー」と言ったことを考えると、大連立政権が再現される可能性は低い。

 
 

SPDを筆頭とする「信号機連立政権」が誕生か 

 3党連立政権としては、次の2通りの組み合わせが考えられる。

 

 SPDのシンボルカラーは赤色、FDPが黄色、CDU・CSUが黒色だ。このため連立パターン①は赤・緑・黄の信号機連立と呼ばれる。連立パターン②は、ジャマイカの国旗に黒色、緑色、黄色が使われていることからジャマイカ連立と呼ばれている。

 現在ドイツで最も有力視されているのは信号機連立だ。SPDと緑の党の間には政策の共通点が多く、すでに1998年から2005年までゲアハルト・シュレーダー首相(当時)の下で左派連立政権としてコンビを組んだ経験がある。また州政府レベルでは、信号機連立政権がすでに存在する。ラインラント・プファルツ州では、2016年以来、SPD、緑の党とFDPが連立政権を構成している。

 一方CDU・CSUも政権樹立への望みを完全に捨ててはいない。ラシェット氏は「CDU・CSUとSPDの得票率の差はわずか1.6ポイント。ジャマイカ連立は可能だ」と主張している。しかし現在CDU・CSU内部では、同党の得票率を結党以来最低の水準に引き下げた責任を問う声が高まっている。

 彼に対してCDU党首辞任を求める党員すらいる。このため同氏は最近「私の存在がジャマイカ連立の邪魔になるのならば、党首の座に残るつもりはない」と辞任をほのめかす発言を行った。さらにCDUは、近く党の役員会を総入れ替えして執行部を刷新する方針も明らかにしている。このように不安定な状態で、CDU・CSUが3党連立政権を率いることができるとは、到底思えない。

 多くの市民も、信号機連立を希望している。世論調査機関「選挙研究グループ」が10月12日に公表した世論調査によると、「SPD首班の信号機連立を望む」と答えた回答者の比率は59%で、ジャマイカ連立を支持する回答者(24%)に水を開けた。「ショルツ候補が首相になるべきだ」と答えた回答者は76%で、ラシェット候補への支持率(13%)を大きく上回った 。

緑の党とFDPの政策に大きな隔たり

 SPDもCDU・CSUも緑の党とFDPの支援なしには、政権を樹立できない。緑の党とFDPは、いわばキングメーカーの立場にある。

 現在の政局の焦点は、緑の党とFDPがどのようにして政策を擦り合わせるかだ。両党の政策の間には、隔たりが大きい。

 気候変動対策の強化を重視する緑の党は、政府の強力な指導の下に二酸化炭素(CO2)削減を加速することを目指している。たとえば同党は気候保護省を新設して、パリ協定の精神にそぐわない他の省庁の法案に対する拒否権を与えることを提案している。

 緑の党は、メルケル政権が決めた脱石炭の実施時期(2038年)を8年早めること、全ての新築の建物の屋根に太陽光発電装置の設置を義務付けること、全国の土地の少なくとも2%を風力発電設備の用地にすること、2030年以降ディーゼル・エンジンとガソリンエンジンの新車の販売を禁止することなどを求めている。旅客機についても、短距離の国内線を禁止し、市民に対しては列車に乗ることを求める。現在ドイツの高速道路には、速度制限がない区間があるが、緑の党は全ての区間に時速130キロの上限を設定することを公約している。

 緑の党は化石燃料の価格の大幅な引き上げを求めている。メルケル政権は今年1月に自動車や暖房の燃料に炭素税を導入した。現行の制度によると、CO2・1トンあたりの炭素税は、2023年には35ユーロになる予定だが、緑の党はこれを60ユーロに引き上げる方針をマニフェストに明記している。市民が内燃機関の車からEV(電気自動車)に乗り換えるのを加速するためだ。

 市民や企業が、地球温暖化に歯止めをかけるために、様々な制約を受けること、金銭的な負担が増えることは確実である。

 また緑の党は、コロナ危機で拡大した所得格差を縮めるために、富裕税の復活、所得税の最高税率の引き上げ、相続税の引き上げや資産税の導入を提案している。

 これに対し企業経営者らを支持基盤とするFDPは、「禁止など法律による強制は、企業に過重な負担となる」として反対。同党は「気候保護対策については、企業が国際競争力を維持できるように、禁止措置ではなくイノベーションや、すでにEU(欧州連合)がエネルギー業界などについて実施しているCO2排出量取引制度の拡大など、市場メカニズムを重視するべきだ」と主張している。同党は内燃機関を使う新車の販売禁止に反対している他、緑の党が提案している炭素税の急激な引き上げも拒否している。FDPは富裕層に対する増税に反対し、逆に企業減税をマニフェストの中で提案している。

 もう一つ、両党が歩み寄る上で大きな障害となっているのが、財政政策だ。ドイツの憲法(基本法)は、連邦政府に対して国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止している。この規定は債務ブレーキと呼ばれ、ドイツが2014年から2019年まで財政黒字を記録する理由の一つとなった。だがメルケル政権は去年、コロナ危機が市民や企業に与える影響を緩和するために、債務ブレーキを例外的に適用しなかった。憲法は、自然災害などの非常事態には債務ブレーキの免除を認めている。このためドイツは昨年、約1892億ユーロ(24兆5960億円)という巨額の財政赤字を抱え込んだ。

 緑の党は、「気候変動対策や経済のデジタル化には、巨額の財政出動が必要になる。このため、債務ブレーキを緩和するべきだ」と主張している。つまりCO2を大幅に削減するためには、連邦政府が引き続き借金をできるようにするべきだというのだ。

 これに対しFDPは債務ブレーキの緩和に反対し、一刻も早く財政黒字を回復するよう求めている。

2017年には緑の党とFDPの交渉が決裂

 つまり緑の党とFDPが連立するには、これらの水と油のように異なる数々の政策について、妥協点を見出さなくてはならない。

 緑の党とFDPは、4年前に3党連立構想を破綻させた経験がある。2017年の連邦議会選挙の直後に、得票率を減らしたSPDが当初大連立を拒否したため、CDU・CSUはジャマイカ連立を目指した。しかしFDPと緑の党が連帯税(旧東ドイツ地域の復興財源)やエネルギー政策をめぐり激しく対立し、妥協点を見出すことに失敗した。FDPのクリスティアン・リントナー党首は「連立政権に加わるために政策を曲げるよりは、政権に加わらない方がましだ」という捨て台詞を残して、交渉を決裂させた(このため結局はSPDが方針を変更して、CDU・CSUとの大連立政権に加わった)。

 FDPと緑の党は、連立政権樹立のために妥協しすぎると、支持者を失望させて将来得票率を減らす危険がある。したがって過度な譲歩は禁物なのだ。

 このため両党は、2017年のような事態を避けるために、妥協点と譲歩できない点を洗い出し、前回の連邦議会選挙の時以上に慎重な擦り合わせ作業を続けている。

 前回の連邦議会選挙では、政権樹立までに5カ月もかかった。今回も「ショルツ政権」が生まれるまでには、かなりの時間がかかる可能性がある。 

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