機密文書を漏洩拡散させた、空軍州兵のジャック・テシェイラ容疑者(wikipedia/US Air National Guard)
チャットルームやSNS経由という、今までにない方法で拡散された米機密文書。その中には、ロシアとスーダンのかかわりを示すものもあった。漏洩の動機はまだ不明だが、国民112人に1人が機密保持許可を持つという構造が、21歳の州兵を動かした理由の1つといえる。

 米軍の「トップシークレット」文書が推定約300件も漏洩した事件。実は過去にも、2010年の情報公開サイト「ウィキリークス」事件2013年の米国家安全保障局(NSA)契約職員エドワード・スノーデン事件と同種の事件がある。これら2事件で犯人は情報公開を訴えたが、3度目の今回は、動機が未解明だ。

 ウィキリークスが漏洩した機密文書は約75万件にも上る。スノーデンは門外不出の国民監視情報や情報機関内部の詳細を暴露し、喝采する人も多かった。

 それらに比較すると、今度の事件は漏洩した機密文書の数量も内容もそれほど衝撃的ではない。ただ内戦状態のスーダン情勢に関しては、貴重な文書が流出していた。

 また、捜査当局が探知するまで気付かず、機密文書がインターネット上の「チャットルーム」やSNSで拡散した今回の方が、米政府に与えた衝撃は強烈だった。

 犯人のジャック・テシェイラ容疑者(21)は約8カ月前から機密文書を漏洩。その後逮捕されるまで、何のコントロールも受けず、仲間と情報を共有していた。

 もし、米司法当局よりも先に、ロシア情報機関が流出文書を入手して対抗策を講じていたら、大混乱が起きていたかもしれない。

 連邦捜査局(FBI)捜査官の「宣誓供述調書」によると、テシェイラ容疑者は高卒で2019年9月に州兵空軍部隊に入隊。マサチューセッツ州ケープコッド(岬)の付け根にあるオーティス空軍州兵部隊基地に所属し、2021年にトップシークレット文書の取り扱い資格(セキュリティ・クリアランス)を取得した。

 実は米政府のトップシークレット取り扱い資格者は2019年時点で約125万人に達した。

ネオナチのような発言も

『ワシントン・ポスト』によると、テシェイラはボストンの南約65キロ、オーティス基地の西約30キロの人口約8000人の町ダイトンで母親が花屋を営む実家にいたところを逮捕された。容疑者の義父も同基地所属の元二等曹長で、一家は「愛国的なファミリー」とみられている。

 容疑者は過激な米国の武装右翼による事件に共鳴したり、人種差別やユダヤ人差別の発言をしたりしたこともあったと伝えられ、「ネオナチ」かとも想像してしまうが、犯行の動機との関連は明らかになっていない。

 彼は地元の高校を出て、テキサス州ラックランド空軍基地で技術的な研修を受け、オーティス基地の空軍州兵部隊第102インテリジェンス連隊に所属。コンピューターや通信システムの修理に当たっていたという。

 宣誓供述調書によると、彼の評価は高く、トップシークレットの中でも情報源などに言及していて機密度が高い「機微特別管理情報(SCI)」へのアクセスも認められていた。

「チャットルーム」から逮捕まで

 テシェイラ容疑者が「チャットルーム」で情報を共有し始め、逮捕されるまでの経緯は『ワシントン・ポスト』などによると、次の通り。

▼2020年:チャットルーム

 機密文書を共有する巣窟となったのは、ゲーム仲間のチャットルーム「ディスコード(不一致)」。ガンマニアら約25人が「サグ・シェイカー・セントラル」(人種差別主義やポルノから命名したと言われている)というグループを形成。年長のテシェイラ容疑者は「OG」と名乗り、自分の職場は基地で、政府の秘密を知っていると発言した。

▼2022年夏:情報漏洩開始

 OGは機密文書の筆記録を作成してサーバーに投稿。読みやすくするため、官僚用語やアクロニム(頭字語)を翻訳する作業を数カ月間続けた。

▼2022年末:情報漏洩がエスカレート

 メンバーたちが投稿の大半を無視し、OGは怒る。「筆記録作成は何時間もかかるのに、議論しないなら、投稿しない」と言った。メンバーの関心を引くため、OGは文書の写真を投稿し始め、グループは注目した。

▼2月28日:文書が拡散し始める

 10代のメンバーが、「wow_mao」という有名なユーチューバーのディスコードのサーバーに数十件の文書を投稿。その中に、米情報機関がロシア軍指導部に深く侵入していることを示す文書が含まれていた。調査報道機関「ベリングキャット」によると、「wow_mao」の信奉者が3月1~2日、数十件のトップシークレット画像を投稿し、文書を読む者が増加。

▼3月4日:より広くシェアされる

 ディスコードのサーバーに文書が拡散して数千人がアクセス。人気ビデオゲームのサーバー「マインクラフト・アース・マップ」でも10件の文書をシェア。さらに数千人が見る。

▼4月5日:機密文書がSNSに

 4月5日、ロシアのメッセージ・アプリ「テレグラム」に、ウクライナ侵攻に関する秘密の評価文書がアップされた。極右が集まる匿名掲示板「4chan」にも掲載。その直後ツイッターにも文書がアップされた。

▼4月6日:OGがサーバーを閉鎖

 このころ米国防総省は、軍事機密情報がインターネット上に流布していることを知る。OGは「サグ・シェイカー・セントラル」のサーバーを閉鎖し、グループと別の場を設置。同日『ニューヨーク・タイムズ』が初めて国防総省が情報漏洩を捜査と報道。

▼4月13日:漏洩容疑者を逮捕

 司法省がテシェイラを逮捕と発表したが、メディアはなお漏洩した文書を取材。翌日テシェイラは起訴された。

不可解な「文書改竄」「写真撮影」

 テシェイラは裁判で有罪判決が確定すれば、最長の場合スパイ防止法で10年、機密情報取り扱い違反で5年の計15年の懲役刑を言い渡される。

 ただ、この事件では奇妙な事実が2点ある。『ワシントン・ポスト』によると、ツイッターに拡散した複数の機密文書が改竄されていることが1点。ウクライナで死亡したロシア兵の数を減らして、ロシアの戦闘状況をロシア側に都合の良いように書き変えたという。

 理由ははっきりしないが、ロシア兵の死者数をチャットルームの仲間たちとの議論のテーマにする意図があったかもしれない。

 もう1つ変なのは、漏洩した文書をプリントアウトして家に持ち帰り、それを写真撮影したものをチャットルームで使っていたことだ。自宅キッチンで写真撮影をした証拠は、背景にキッチンのボードが写っていることだという。

 テシェイラは、米軍の閉鎖系通信ライン「統合世界情報通信システム(JWICS)」からダウンロードした地図付き文書などをプリントアウトして、それを仲間と共有していた。

 ウィキリークスの事件では、兵卒のチェルシー・マニング(旧名ブラッドリー・マニングから女性に性転換)がイラクの基地で、同様のシステムからCDまたはSDカードにダウンロードしたものをウィキリークスに提供した。

 スノーデンはハワイのNSA基地でダウンロードした文書をUSBメモリーに記録したという。

 テシェイラはやはり、チャットルームで文書を仲間たちに見せる目的で機密を漏洩したのだろうか。FBIは仲間たちから事情聴取し、犯行の動機をさらに追及するという。

米国民112人に1人が政府機密保持許可?

 それにしても、米政府はなぜテシェイラのような若いコンピューター技師にトップシークレットのセキュリティ・クリアランスを与えたのか、なお疑問が残る。

 2019年版の「セキュリティ・クリアランス決定年次報告書」によると、同年10月1日時点でのセキュリティ・クリアランス付与数は機密度の低い「コンフィデンシャル」と「シークレット」を合わせて計169万7798人、トップシークレットが125万1958人で、総計294万9756人と前年より微増している。これには出入り企業の契約者も含まれている。

 単純計算すると、米国民の人口3億3190万人との比率では、約112人に1人が機密取り扱い資格を持っているということになる。

 この制度に関する米議会調査局(CRS)の報告書によると、その資格は、米国民であって、公正な調査の結果「個人として信頼できる」「責任感がある」「慎重である」「健全な判断力」といった適性を備えた者に付与される、としている。ではそんな適性はどのようにして判断するのかについて、報告書は明記していない。

米国の情報漏れは同盟のコストか

 4月19日の米国防長官記者会見で、「なぜ21歳の人物に資格が付与されたのか」との質問に対して、ロイド・オースティン長官は「彼はコンピューターのスペシャリストでシステムの管理者だ。わが軍の大多数は若い人で、例外なく責任ある仕事をしている」とだけ答えた。長官は、機密情報の保護強化のため調査を行い、5月末に結果を報告するよう指示した。

 例えば、コンピューターが故障した時だけ、最高機密有資格者の監督下で、修理や管理の仕事をするという方法も考えられるが、恐らく米政府は、そんな細かいことはしないということなのだろう。

 このままだと、今後も同様の事件の発生を防ぐことはできない。『ワシントン・ポスト』によると、ある西欧同盟国の高官は「米国とのインテリジェンス関係は重要すぎて廃棄できない。定期的な情報流出は米国のようなスパイ大国と付き合うコストだ」とあきらめ顔だという。

スーダンの危機を煽るロシア

 ただ、今回漏洩した機密文書の中には、貴重な文書も発見されている。

 航空自衛隊の輸送機が日本人の退避希望者を輸送したスーダンの舞台裏では、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が暗躍しているという動きを記した文書だ。

『ワシントン・ポスト』電子版によると、ワグネルを創設したウラジーミル・プーチン露大統領に近いエフゲニー・プリゴジン氏は4月21日、対立する軍事勢力間の停戦を呼び掛け、医薬品を空輸する用意があると発表した。

 しかし実際には準軍事組織RSF(即応支援部隊)に軍事援助し、軍事訓練を行って戦闘を激化させ、危機を煽ってきたのはプリゴジン氏側だった、と漏洩文書が示しているのだ。

 ワグネルの狙いは他のアフリカ諸国も含めて、金やウラニウムなどの資源を確保し、同時にロシア製武器や原子力技術などを供給することにある。

 ロシアはスーダンの軍リーダーとの間で、2023年末までにポートスーダンに海軍基地を建設することで合意。さらに今年7月にサンクトペテルブルクでロシア・アフリカ首脳会議(サミット)を行う予定で、セルゲイ・ラブロフ露外相がスーダンなど諸国を訪問している。

 ウクライナの戦闘がやや膠着状態となっている裏で、ロシアはグローバル・サウス諸国への影響力強化に乗り出している。

 日本もそうした動きを察知して、早めに動くべきだったのではないか。

 

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