続く飯舘村の戦い――震災から1年半

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2012年9月19日
エリア: 日本

 昨年3月11日の大震災発生から、早くも1年半が過ぎた。被災地の地元紙として終わることのない取材の日々の中で、筆者が通い続けている場所が、福島県飯舘村である。
 村の約6000人の住民は福島第1原発事故によって同年5月、全村挙げての避難を国から指示された。同15日、菅野典雄村長は村役場の前で、「飯舘の人はみんな、引っ越しなんかしたことがなかった。『計画的避難』という事態は思いもしなかったこと。先祖代々、この村に住み続けてきた皆さんにこういう引っ越しをさせねばならず、申し訳ありません」とあいさつした。誰もが未体験の避難生活を、今も続けている。
 飯舘村は、筆者の郷里・相馬市と同じ歴史を共有する地方の同胞の地であり、様々な人の縁もある。昨年9月から私が現地取材に通っているのは、村の東北端で、相馬市・伊達市と境を接している佐須地区。地元の農家と首都圏の研究者らが協働で除染実験などの活動を行なっている。

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執筆者プロフィール
寺島英弥 ジャーナリスト。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。河北新報元編集委員。河北新報で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」などの連載に携わり、2011年から東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』(同)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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