震災4年目「入札不調」「人口流出」の被災地に未来への種は芽吹くか

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2014年3月12日
カテゴリ: 社会
エリア: 日本

 2011年3月11日の津波被災地となった石巻市渡波地区で、あれから丸3年を経た今月16日、「石巻ひがし保育園」(定員75人)が落成式を迎える。渡波では、幼稚園と市の2つの保育所が被災後、再開のめどが立たず、希望の1歩と映る。だが、民間の保育園づくりは難航。莫大な復興予算の陰で、未来への種まきも危うい事態が被災地で続く。

 

「民間保育園」設立への奮闘

 さまざまな支援で落成にこぎつけた「石巻ひがし保育園」と小野崎秀通住職=石巻市渡波地区伊勢町(筆者撮影)
さまざまな支援で落成にこぎつけた「石巻ひがし保育園」と小野崎秀通住職=石巻市渡波地区伊勢町(筆者撮影)

 保育園を設立したのは、地元の洞源院住職、小野崎秀通さん(66)が理事長の社会福祉法人・輝宝福祉会。3年前、高台にある洞源院は、津波で家や職場をなくした住民約400人を受け入れ、5カ月もの間、避難所となった。渡波の小中学校も被災して別の地区に仮移転し、小野崎さんは「渡波では震災後、2000世帯余りが減った。子育て環境すら回復せず、復興の町づくりを助けたい」と、寺の財産を投じての保育園開設づくりを思い立った。

 計画が危機に見舞われたのは12年3月。建設総額を1億5200万円と見積もって入札を行ったが、参加した3業者の入札額が2000万-4000万円も高く、不調に終わった。資材の高騰が理由だ。入札額が1番近い石巻の業者に歩み寄り、1億7000万円余りの随意契約を結んだ。土地造成や園舎建設のための費用が膨らんだ分は、園庭や備品などの予算を回して穴埋めした。小野崎さんは当時、「市の復興関連の土木事業でも入札不調が相次ぎ、民間の工事などできない状況と知った。この機会を逃せばいつになるか分からず、やむを得ぬ選択だった」と語った。

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執筆者プロフィール
寺島英弥
寺島英弥 河北新報編集委員。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。東北の人と暮らし、文化、歴史などをテーマに連載や地域キャンペーン企画に長く携わる。「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」など。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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