3.11から3年(中)東京と福島――       日本人の心の中にある「2つの素顔」

執筆者:吉野源太郎 2014年3月24日
エリア: 日本
 70歳を超え、増子氏は重い決断をした   (筆者撮影)
70歳を超え、増子氏は重い決断をした   (筆者撮影)

 増子忠道氏は最近、密かに決断した。

「できれば来年にでも故郷に帰ろう。東京を引き払って――」

 増子氏の生まれ故郷は福島県である。浜通りの浪江町に生まれ、郡山市にある進学校、安積高校を出て東京大学医学部を卒業。医師になって42年間、主に東京・足立区を拠点に地域医療の道を一筋に歩んできた。この間、自ら育てた病院の経営に携わるかたわら、かつての東大闘争の仲間らと語らって様々な医療機関を立ち上げた。現在の肩書きは、「東都保健医療福祉協議会」の名誉議長。この協議会は、賛同する医療機関をネットワークで結んだ独特の経営連合体で、今では東京の東部地区に広く浸透している。特に在宅老人医療の世界では増子氏自身、全国に名を知られたリーダー的人物である。

 福島の大震災と原発事故は当然、増子氏に衝撃を与えた。家を追われ、放射能におびえる故郷の老人たちが「震災関連死」していく様子は、いやでも耳に入る。専門が専門だけに、それは激しく増子氏の胸を衝く。しかし彼は、この3年間、1度も故郷に帰らなかったばかりか、友人・知己と話す際もこの話題を努めて避けてきたという。

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執筆者プロフィール
吉野源太郎 ジャーナリスト、日本経済研究センター客員研究員。1943年生れ。東京大学文学部卒。67年日本経済新聞社入社。日経ビジネス副編集長、日経流通新聞編集長、編集局次長などを経て95年より論説委員。2006年3月より現職。デフレ経済の到来や道路公団改革の不充分さなどを的確に予言・指摘してきた。『西武事件』(日本経済新聞社)など著書多数。
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