彼女たちの挺身隊(上)

六車由実
執筆者:六車由実 2014年5月2日
カテゴリ: 文化・歴史 社会
エリア: 日本

  3月に行うおひなまつりで小川ハルコさん(昭和5年生まれ)の思い出の味を再現しようと聞き書きをしていたときだった。ハルコさんは、娘さんが子供の頃に桃の節句のお祝いで作ってあげたというちらし寿司の他に、自分が大好きでよく作ったという「しらや」(白和えのこと)の作り方を教えてくれた。そこで私は、しらやの作り方は母親に教えてもらったのかと尋ねてみたのだった。すると、ハルコさんの口からは意外な返事が返ってきた。

 

「教えてもらわない。子供の頃はしらやは食べてたよ。母親が作ってくれたからね。でも、自分で作るようになったのは身上(所帯)を持ってからだね。私はさ、子供の時、小学校の高等科を卒業すると2日家にいただけで、すぐに名古屋に行っちゃったから、挺身隊で。だからごはんの支度なんてやらなかったし、母親に料理を教えてもらうなんてこともなかったね。身上を持ってから、開き屋(魚の干物を作る工場)に働きに出たでしょ、そうするとさそこで働いているおばさんたちがみんな料理を知ってるじゃ。それでこしらえ方を教えてもらったりさ。そうして作るようになっただよ」

 

「挺身隊」という言葉との再会

 おひなまつりで作った小川ハルコさんの思い出の味(筆者撮影)
おひなまつりで作った小川ハルコさんの思い出の味(筆者撮影)

 思い出の味について聞き書きをしていると、こちらの予想に反して、母親から作り方を教えてもらったという言葉はなかなか返ってこない。連載第1回に登場した田端清子さん(大正12年生まれ)の思い出深いいなり寿司は母親が作ったものではなく、実家の料亭で板前さんたちが作ってくれたものだと言っていたし、また、第3回、第4回に登場した籏持さか江さん(大正13年生まれ)は、実家の隣に住んでいたおばさんがよく作ってくれたというほうとうが思い出の味として記憶に残っているという。だから、ハルコさんが、しらやの作り方を母親に教えてもらったのではない、と言っても、それ自体は驚きではなかった。

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執筆者プロフィール
六車由実
六車由実 1970年静岡県生まれ。民俗研究者。デイサービス「すまいるほーむ」管理者・生活相談員。社会福祉士。介護福祉士。2008年に東北芸術工科大学准教授を退職し、静岡県東部地区の特別養護老人ホームの介護職員に転職。2012年10月から現職。「介護民俗学」を提唱し実践する。著書に『神、人を喰う』(第25回サントリー学芸賞受賞)、『驚きの介護民俗学』(第20回旅の文化奨励賞受賞、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。
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