まず婚姻費用を廃止しよう

執筆者:藤沢数希 2014年5月17日
カテゴリ: 文化・歴史 金融

 いまの日本の結婚制度が、最近の社会の変化についていけていないのは明白である。我々は、この前時代的な法規制の改正を求めなければならないところまで来ているのではないだろうか。

 本連載で見てきたように、結婚というのは、特殊な金融商品の譲渡契約に他ならない。そして、この金融商品の「ある性質」が、夫婦関係が完全に破綻した男女を、終わりのない法廷闘争へと駆り立てるのである。それが婚姻費用である。
 法的な婚姻関係にある以上、所得の高いほうが、低いほうに、毎月、一定金額以上の金を支払い続ける法的義務が生じる。それゆえに、婚姻費用の権利者は、別居して、音信不通になり、新たな生活をはじめていたとしても、結婚契約を解消しないというおかしなインセンティブを持つことになるのだ。

 本来、結婚とは、愛する男女が、その印として交わすものである。金融商品の譲渡契約ではないはずだ。しかも、この重大な譲渡契約を、多くの男は、そうとは知らずに、結んでしまうのだ。
 借金の連帯保証人になってはいけない、と学校の先生は教えてくれたかもしれないが、婚姻届にハンコを押すことにより、それよりもはるかに重大な金銭支払いの義務が生じることは教えてくれないのだ。
 連帯保証人になっても、借金は返せばおしまいだが、婚姻費用は妻が離婚してくれるまで延々と払い続けなければいけない。婚姻届にハンコを押すのは、借金の連帯保証人になるよりはるかに怖いのだ。
 その点、少なくともセックスと金が明示的に交換される売春行為のほうが、まだ、良心を垣間見ることができるのではないか。

 結婚制度のおかしなところを挙げればきりがないのだが、根本的におかしなところは「内助の功」という理屈だろう。これが財産分与や、婚姻費用の法的根拠である。つまり、結婚しているというだけで、専業主婦にも夫の稼ぎの半分の権利があるというのだ。
 ここで独身のビジネスマンを思い浮かべてみよう。朝早く出社して、ミーティングに出る。さまざまな分析や意思決定をする。膨大な事務処理をこなす。顧客に電話しなければいけない。自社の新しい製品に関して勉強もしないといけない。夜になったと思ったら、これからまた接待の酒席に参加しなければいけないのだ。そこでは顧客はもちろんだが、上司にも気を使わないといけない。
 この彼が、ある女性と知り合い、とうとう婚姻届にハンコを押したとしよう。そうすると、結婚生活からエネルギーをもらい、急に仕事を2倍の効率でできるようになるのだろうか? あるいは、結婚生活で癒されることにより、休まなくてもよくなり、2倍長く働けるようにでもなるのだろうか?
 むしろ逆ではないか。接待をして帰りが遅くなれば浮気を疑われて、ネチネチと怒られる。家でゴロゴロして休みたい週末も、家族サービスだなんだと、また働かされる。奥さんがいることにより、仕事はむしろやりにくくなるのがふつうではないか。
 しかし、現代の結婚制度では、婚姻届にハンコを押した瞬間から、この内助の功という根拠に基づく、財産分与と婚姻費用によって、自分の稼ぎの半分が奥さんのものになるのだ。そんなことが、すっと腹に落ちるビジネスマンがこの世に存在するのだろうか?

 これは男ばかりではなく、キャリアウーマンにも、非常に都合が悪い法律だ。なぜならば、男女平等が絶対的な正義である、近代の法律において、専業主婦にこうした財産分与や、婚姻費用の権利があるのならば、同じく自分より稼ぎがいい女と結婚した男にも、全く同じ権利が認められなければいけないからだ。
 第23話で解説したように、こうしたキャリアウーマンは、自分より稼ぎが悪い男と結婚した場合に、仕事をして家事や育児をして、なおも夫が出るところに出たら、夫に金を払い続ける義務が生じる。
 かくして、結婚制度の概要を知っているキャリアウーマンは、自分より稼ぎが少ない男と結婚なんてできないと当然のように考える。本来は、愛する者同士が結ばれればいいはずなのに、結婚制度のために、好きな男とも、稼ぎが少なければ別れなければいけないのだ。

 また、親子関係の認定や子の養育に関する法律も、前時代的である。たとえば、民法第772条を見てみよう。

第772条
 1. 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
 2. 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

 なぜ200日なのか? それは、日本の民法は、夫婦は婚姻届を提出して、結婚してからはじめてセックスをするという、全くもって常軌を逸した前提で作られているからである。そして、結婚している間しかセックスせず、もちろん、浮気などはありえないことで、他の男とセックスするのは離婚してからしかありえない、という前提により、離婚後300日以内に生まれた子も、前の夫の子であるとするのだ。
 いまや、結婚前にセックスをしないカップルなど1組もいない。また、不倫は非常にカジュアルになり、そこら中で行われている。なぜ、このような非現実的な前提に、国の法律が拠って立っているのだろうか。

 第19話で解説したように、実際に、DNA親子鑑定で実子ではないと判明しても、そのことを裁判で認めてもらうのは大変である。逆に、シングルマザーが、養育費を払わない父親に対して、親子関係を認めさせ、強制認知させるのも大変である。法律が、DNA親子鑑定という科学技術が存在する以前に作られているからである。
 こうした親子関係に関する法律は、DNA親子鑑定という、極めて精度が高く、安価な科学技術を前提に、書き換えるべきではないのか。

 筆者は、結婚制度は、子の福祉ということを最大の目的にして書き換えるべきだと考えている。DNA親子鑑定による迅速な親子の認定、あるいは否認、そして、実の子に対する養育義務の徹底などが必要だろう。
 その反面、単に結婚しているというだけで、所得の高いほうが、所得の低い成人した立派な大人を養い続けなければいけないなどというおかしな考え方は改めるべきだ。たとえば10年も、婚姻費用を取り続けるために離婚裁判を長引かせるようなことは、現代社会では認められるべきではないのだ。
 まずは、法的根拠の怪しい、婚姻費用なるものを廃止することから、結婚制度改革の第1歩を踏み出してみたらどうだろう。


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執筆者プロフィール
藤沢数希 理論物理学、コンピューター・シミュレーションの分野で博士号取得。欧米の研究機関で研究職に就いた後、外資系投資銀行に転身。以後、マーケットの定量分析、経済予測、トレーディング業務などに従事。また、高度なリスク・マネジメントの技法を恋愛に応用した『恋愛工学』の第一人者でもある。月間100万PVの人気ブログ『金融日記』の管理人。著書に『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』(ダイヤモンド社)『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』(同)『「反原発」の不都合な真実』(新潮社)『外資系金融の終わり―年収5000万円トレーダーの悩ましき日々』(ダイヤモンド社)など。
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