「両岸」が固唾をのむ台湾5大都市選挙

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2010年10月29日
カテゴリ: 国際
エリア: 中国・台湾
苦境の馬英九総統(C)AFP=時事
苦境の馬英九総統(C)AFP=時事

 9月下旬、ホテルオークラのオーキッドルーム。台湾きっての美男子政治家ながら冷徹で鋭い政治判断から「カミソリ金」と呼ばれる男は、複雑な表情を浮かべていた。  金溥聡。清朝皇帝末裔の満州貴族出身で、愛新覚羅の名も持っている。馬英九総統が最も信頼する側近で、馬の振り付け役を長く務めてきた。馬の台北市長時代に見いだされ、メディア研究の学者から副市長に抜擢された。馬には男色疑惑があるが、金は馬の恋人という噂が流されるほど、ぴったりと寄り添った2人3脚で政治の出世街道を歩んできた。2008年の総統選では馬圧勝の最大の功労者とされ、いったん政治を離れたが、2009年夏の水害対応で支持率が激減した馬を救うべく同年末から与党国民党のナンバー2、秘書長に就任。党主席である馬英九の下で政権の再浮揚に全力を挙げてきた。  その金がいま、ポストを追われるかどうかの瀬戸際に追い込まれている。

苦戦の国民党「カミソリ金」の仕掛け

 11月27日に迫った5大都市選挙(台北市、新北市、台中市、台南市、高雄市)で、国民党は予想外の苦戦を強いられている。野党民進党が伝統的に強い南部の台南と高雄で出遅れが目立つのはまだいいとして、国民党の地盤である台北市では、国民党長老、郝柏村元行政院長を父親に持つ郝龍斌が現職市長にもかかわらず、民進党の実力者、蘇貞昌元行政院長にリードを許していると伝えられる。
 台北県から新たに直轄市に昇格する新北市では、馬に続く国民党次世代リーダーの先頭を走る朱立倫前桃園県長が、民進党の女性党首、蔡英文とほぼ互角の戦いを繰り広げている。国民党が安心して見ていられるのは、人気政治家、胡志強が現職を務める台中市だけという苦しい戦況だ。
 5大都市選挙はただの地方選挙ではない。5大都市の有権者数は全人口の6割をカバーし、2012年3月の総統選挙まで1年半という絶妙の時期にあたる。ここでの勝敗が馬の再任に影響することは避けられず、陳水扁前総統の不正送金事件によって声望が地に墜ちた民進党は党勢回復に向けた一里塚にするべく背水の戦いを挑んでいる。
 勝敗ラインは3つを取った方が勝ち、という分かりやすいものだ。
 民進党には「穏三望四」(3つを確保し、あわよくば4つを狙う)との期待が広がり、国民党は3ポストの確保が精いっぱいだ。
 食事の席で金に聞いた。
「台北市で負けて、新北市と台中市の2ポストしか取れなかったら、どうするのか」
 金は即答した。「負けたら責任を取って辞任するよ」。ポストに汲々としない信条の金ならではの潔い態度にも映るが、一方で、敗北の責任を馬には負わせないという金の決意でもある。
 台北市の苦戦については、あっさりと認めた。
「台北では候補の選挙チームに問題があった。テコ入れは行なった。間に合ってほしい。ただ、台北で負けても、ほかで勝てばいい。3つ取ればいいんだ」
 金の視線の先には高雄市がある。高雄は民進党が有利な地盤だが、過去に国民党が市長ポストを得ていた時代もあった。今回は民進党の現職・陳菊に、国民党の立法委員、黄昭順が挑む構図だったが、陳菊に党内予備選で敗れた楊秋興高雄県長が立候補を表明し、民進党は分裂選挙に追い込まれている。楊に出馬をたきつけ、黄の票すら回そうという裏工作が行なわれていると伝えられるが、仕掛け人は金だとのもっぱらの噂だ。

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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