テロリストの誕生(16)12人目の犠牲者

国末憲人
執筆者:国末憲人 2015年8月15日
エリア: ヨーロッパ 中東

 目的を果たして『シャルリー・エブド』編集部を出たクアシ兄弟は、建物の前の横断歩道上に停めていた車にたどり着いた。車は、黒いシトロエンC3である。乗り込む前に、弟シェリフと思われる男は左手を高く掲げ、周囲に誇示するように「預言者ムハンマドの敵を討ったぞ」と3回叫んだ。2人は、カラシニコフ銃の弾を詰め替えた後、車を発進させた。

『シャルリー』編集部のビルはニコラ・アペール街の行き当たりに位置しており、その先は右行き一方通行のヴェルト通路に入るしかない。通路を抜けると大通りに出て、どこにでも逃げられるはずである。兄弟のシトロエンもヴェルト通路に入り、一方通行に沿って北上した。

 ヴェルト通路は片側1車線の狭い通りで、追い抜きも対向も難しい。そこに、一方通行を逆行して1台のパトカーが入ってきた。事件の連絡を受けて急行したと思われる。当然ながら、シトロエンとパトカーは鉢合わせになった。兄弟はシトロエンを降り、パトカーに向けて一斉射撃を浴びせかけた。その勢いに押され、パトカーはあわててバックで逃げた。パトカーの乗組員にけがはなかった。

 パトカーを追い払うと、兄弟のシトロエンはヴェルト通路を抜けた。出口にいたパトカーに向けてさらに射撃を重ねつつ、大通りのリシャール・ルノワール街に出た。この通りは、サンマルタン運河の上を覆った部分にあたり、幅が60メートルもある。中央には広大な緑地帯が設けられ、その両側にそれぞれ一方通行の街路が設けられている。だから、ヴェルト通路から出た道は南行き一方通行で、右にしか曲がれない。ところが、住民が撮影したビデオによると、シトロエンは左に曲がって姿を消してしまった。一方通行の逆行で、これだと正面から来る車とぶつかってしまう。恐らくそれに気づいたのだろう。シトロエンはどこかでUターンしたようだ。一方通行の表示に従って南に走り始めたところで、自転車に乗った1人の警察官に遭遇した。銃撃戦になったが、どちらにもけがはなかった。

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執筆者プロフィール
国末憲人
国末憲人 1963年生れ。85年大阪大学卒。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。富山、徳島、大阪、広島勤務を経て2001-04年パリ支局員。外報部次長の後、07-10年パリ支局長を務め、GLOBE副編集長、本紙論説委員のあと、現在はGLOBE編集長。著書に『自爆テロリストの正体』(新潮新書)、『サルコジ―マーケティングで政治を変えた大統領―』(新潮選書)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』(いずれも草思社)、『ポピュリズム化する世界』(ダイヤモンド社)、共著書に『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う―』(草思社)などがある。
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