「北方領土」どころではないロシアの「経済苦境」

名越健郎
執筆者:名越健郎 2015年8月25日
エリア: ロシア

 ロシアのメドベージェフ首相が8月22日北方領土の択捉島を訪問し、領土問題で日本に譲歩する余地が一切ないことを強調した。日本側は岸田文雄外相の訪露延期を決め、年末のプーチン大統領訪日は困難となった。択捉訪問は、戦勝70周年やウクライナ危機に伴う孤立から、民族愛国主義の発揚が狙いだろうが、対日関係への配慮は一切みられなかった。原油価格下落でロシア経済は一段と悪化。国際的孤立も深まっており、頼みの中国も国内経済対策に躍起だ。日本は来年のG7議長国であり、G7の行動に影響力を持つ。この時期に反日外交に舵を切るのは尋常ではない。

戦勝美化が宗教儀式に

 同首相は択捉島で開催中の愛国主義団体のイベントに出席したり、空港、港湾、商店などインフラ施設を中心に視察。「日露関係にクリール(千島)諸島を結びつけるべきではない」「クリールはロシアの一部であり、われわれは今後も訪問を続ける」「クリールには最新の軍部隊が必要だ」などと恒久的な領有を前提に発言した。

 日本政府が「日本の立場と相いれず、日本国民の感情を傷つけるもので、極めて遺憾だ」(岸田外相)と反発すると、ロシア外務省は声明で、「日本側は戦後70年の節目の年に、引き続き第2次大戦の一般的に受け入れられている結果に異を唱え続けていることを示した」と非難。「日本は大戦で東アジア諸国の数百万人を死に至らしめた」とも言及した。ロシアは公式には、4島を「係争地帯」とし、日本との国境交渉に応じてきたが、それを一気に覆すような対応となった。
 
 もとより、プーチン政権は5年ごとの節目の年に「戦勝記念日」を盛大に祝うことを決めており、そのたびに日露関係が打撃を受けた。2005年の60周年では、領土返還を要求する日本への批判が高まり、プーチン大統領は「ロシアの4島領有は大戦の結果だ」と初めて表明した。10年の65周年では、事実上の対日戦勝記念日が制定され、メドベージェフ大統領(当時)が初めて国後島を訪れた。ドイツとの戦後処理が完了したこともあり、「戦利品」である北方領土が槍玉に上がってきた。

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執筆者プロフィール
名越健郎
名越健郎 1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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