「黄金郷」を目指す難民たち:EU統合「理想と現実」の相克

渡邊啓貴

 シリアをはじめとしてヨーロッパ周辺地域からの難民流入が深刻化している。フランス北西部カレー市からユーロトンネルを通って車両でイギリスに密入国する大量の難民に英仏両国は手を焼いている。その一方でシリアやトルコなどを経てギリシャのコス島にたどり着いた難民と住民との間で軋轢が生じ、さらに難民が北上するための一時滞在地となっているマケドニアの南部ゲブゲリア(Gevgelija)では難民と治安当局が衝突した。
 豊かな地域ヨーロッパへの人の流れは歴史的に絶えない。加えて、欧州統合が進む中で「人の移動の自由」の名の下に、調印国の間では移動の自由が保障される(シェンゲン協定)。第三国人もいったん調印国に入国を認められさえすれば、新しい生活に入っていける。民族対立や戦争で疲弊して生活できない人たちにとって、ヨーロッパは「黄金郷」である。命をかけた亡命悲劇は一世一代の賭けの結果でもある。しかし受け入れる欧州諸国にも事情がある。建前と本音の違いである。そしてその火種は自ら撒いたものとも言えるのである。このままでは、統合の果実の1つである「移動の自由」の意味が改めて問われることになろう。

難民は増加する一方

 国連難民高等弁務官事務所の記録では、5年前には戦争難民は1日1万1000人であったが、現在はその4倍に達しており、そのうち3分の1もの人々が国外脱出しているという。10年ほど前には毎年100万人が復興した先住国に帰国していたが、そうした人々の数は昨年12万6000人にまで減少した。
 難民の多くは、国内紛争が激化して政治・経済難民と化したシリア、イラク、エリトリア、リビア、アフガニスタン、ソマリアなどの出身である。アフリカから地中海を渡ってギリシャやイタリアをめざす地中海ルートはこの春大きな問題となった。すし詰めの渡航で転覆事故が相次ぎ、多くの死者が出たからである。4月下旬リビア沖の転覆事故では900人もの死者が出たといわれる。
 さすがにEU(欧州連合)も密航船の取り締まりに重い腰を上げた。4月のEU理事会(内相・外相閣僚会議)は10項目の行動計画を採択し、人員と予算を増加して救助活動や国境警備を強化し、密航船の捕獲や破壊を決めた。6月末のEU首脳会議はイタリアとギリシャにいる4万人とEU外にいる2万人、計6万人の難民の受け入れを決めたが、各国の割り当て数については合意に達しなかった。7月にもギリシャとイタリアにいる3万2000人余りの難民申請者の自発的な受け入れ分担を行うことだけ決定した。実際の割り当て数などについては、いまだに合意していない。
 その一方で、こうした難民を仲介する密航手配業者も多く、地中海ルートの難民密入国業者の年商は70万~200万ユーロに達するといわれている。密航斡旋業者の検挙は昨年の4件に対して、今年だけで19件に上る。ユーロトンネル・グループは、今年だけで3万7000人の密入国を阻止したという報告を発表した。

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執筆者プロフィール
渡邊啓貴
渡邊啓貴 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1954年生れ。パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員研究員、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。
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