北朝鮮のリオ五輪(上)「サムスン携帯電話」の波紋

平井久志
執筆者:平井久志 2016年8月17日
カテゴリ: 国際 社会 スポーツ

 北朝鮮はリオ五輪には重量挙げ、柔道、卓球、レスリング、射撃、アーチェリーなど9種目に31人の選手が参加した。少人数だが金メダル候補も多く、少数精鋭とみられた。
 北朝鮮は2012年のロンドン五輪では金メダル4、銅メダル2の好成績を挙げた。金メダル4個は1992年のバルセロナ五輪と並ぶ過去最多で、政権がスタートして間もない金正恩(キム・ジョンウン)政権の国威発揚に貢献した。金正恩政権はスポーツ重視政策を展開しており、今回のリオ五輪にも大きな期待を寄せていることは間違いない。
 だが、大会が始まると最も金メダルに近いといわれた重量挙げ56キロ級のオム・ユンチョル選手(25)が銀メダルに終わり、同じく金メダルが期待された女子25メートル・ピストルのチョ・ヨンスク(28)が7位に終わり、北朝鮮チームを重い雰囲気が包んだ。

まさかの銀メダルに「私は英雄ではない」

 重量挙げ56キロ級のオム・ユンチョル選手は2012年ロンドン五輪ではオリンピック記録で金メダル獲得。2014年の韓国・仁川アジア大会では世界新記録を出し金メダル。世界選手権では2013年から2015年まで3連覇し、2015年には世界新記録を更新した。今回のリオ五輪でも金メダル確実とみられていた。
 その期待もあってか、8月7日に行われた重量挙げ56キロ級の競技には、金正恩労働党委員長の側近で朝鮮国家体育指導委員長も務める崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長が応援に駆けつけた。
 オム選手はスナッチ134キロ、ジャーク169キロでトータル303キロを記録した。ロンドン五輪の際はジャークで当時の世界記録に並ぶ168キロで、トータル293キロだったから決して悪い記録ではない。
 しかし、中国の龍清泉選手がスナッチ137キロ、ジャーク170キロ、トータル307キロの世界新記録を出し、オム選手の五輪連覇の夢は崩れた。
 韓国の朝鮮日報によると、オム選手は競技後の会見で、「ロンドン五輪で金メダルを獲得し、北朝鮮では重量挙げの英雄といわれているそうだが、本当に英雄扱いされているのか」という質問に「金メダルを獲得できなかったので、私は人民の英雄ではない」と答えたという。朝鮮日報はオム選手を「銀メダルに終わった罪人」だったと報じた。
 またAFP通信によると、オム選手はロンドン五輪で優勝した際には「私が上達し、金メダルを獲得できたのは、偉大なる指導者金正日(キム・ジョンイル)氏と偉大なる同志金正恩氏の温かい愛のおかげです」と両指導者への感謝を述べた。しかし、銀メダルに終わっ今回は、故金正日総書記と金正恩党委員長に謝罪したいと語った。さらに亡くなった金正日総書記に対して「あのお方は永遠に私を鼓舞し続けるでしょう。そして、金メダルで報いることができなかったことを謝罪します」とし「次の機会に戻ってきたいです。そして再び競技に参加し、また金メダルで感謝を表したいです」と語ったという。
 応援に来ていた崔龍海副委員長は中国の龍清泉選手の優勝が決まると表彰式も見ずに競技場を立ち去った。表彰式では北朝鮮の張雄(チャン・ウン)国際オリンピック委員会(IOC)委員が目を赤く腫らしたオム選手の胸に銀メダルを掛けた。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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