日本酒の新たな地平:映画『カンパイ! 世界が恋する日本酒』

執筆者:刀禰俊哉 2016年8月24日
ロンドンのレストランで特別純米酒をふるまう「南部美人」5代目蔵元の久慈さん(右)© 2015 WAGAMAMA MEDIA LLC.

 この映画『カンパイ! 世界が恋する日本酒』(KAMPAI! FOR THE LOVE OF SAKE)は、日本酒に魅せられた1人の日本人と2人の外国人の挑戦と葛藤を描いたドキュメンタリーです。彼らの日本酒への向き合い方を米国在住の小西未来監督が丁寧に捉え、日本の「國酒」が国際化してきている現状を様々な観点から浮かび上がらせています。

「美味しい日本酒」が増える背景

ニューヨークのジャパン・ソサイアティで講演するゴントナーさん© 2015 WAGAMAMA MEDIA LLC.

 今、日本酒を取り巻く状況には熱いものがあります。近年、全体の製成数量はほぼ横ばいですが、吟醸酒や純米酒などの特定名称酒の消費量は年々増加しており、また、輸出金額はこの5年で6割以上も増加しています。これは、造り手の個性がより明確に発揮された様々なタイプの美味しい日本酒が増え、日本国内にとどまらず、国際的にも評価が高まってきていることが背景にあります。
 こうした動きに各々の立場から大きく貢献しているのが、本作に登場する3人です。日本酒の魅力を伝えるために自ら世界中を飛び回り、「南部美人」(岩手県)を醸(かも)す5代目蔵元の久慈浩介さん、外国人として初めて日本酒の製造責任者(杜氏)となり、「玉川」(京都府)を醸すイギリス人のフィリップ・ハーパーさん、そして、日本酒の伝道師としてその魅力を世界に発信し続けているアメリカ人ジャーナリストのジョン・ゴントナーさん。全く異なる背景を持つ3人の男が、なぜ日本酒に魅せられ、どのような想いで活動を続けているかを丹念に追うことによって、国内だけにとどまらず、世界中で多くの人々を魅了している日本酒の現状が紐解かれていきます。
 詳しい内容については、是非、本作を鑑賞して味わっていただきたいと思いますが、ハーパーさんとゴントナーさんが、語学指導を行う外国青年招致事業であるJETプログラムによりイギリスとアメリカから来日したのが、1988年の全く同じ日であったという偶然には運命のいたずらを強く感じます。

「自粛よりも花見を」

製麹作業を行う「玉川」杜氏のハーパーさん(中)© 2015 WAGAMAMA MEDIA LLC.

 本作にも描かれていますが、各地に深刻な被害をもたらした東日本大震災の際、宴会などの自粛ムードが広がったことに対応し、YouTubeを通じて「お酒を飲むことで東北を応援していただきたい。自粛よりもお花見をしていただく方が有難い」と訴えたのが、久慈さんです。「乾杯で応援しよう」は、誰でも容易に取り組める災害復興支援の新しい姿として、その後の熊本地震の際などにも活かされています。
 本作では、もう1人の日本人、久慈さんの東京農大の同級生であり、ハーパーさんとは「梅乃宿」(奈良県)で蔵人生活を共にした鈴木大介さんも登場します。鈴木さんの醸す「磐城壽」は、福島県浪江町の海沿いにありました。東日本大震災の津波にて全建屋が流失し、福島原発から直線距離7キロという立地のために休業を余儀なくされましたが、その後、山形県長井市で酒造りを再開しています。被災から力強く立ち上がった鈴木さんの姿には、日本人として勇気を与えられます。
 映画製作という観点では、本作はクラウドファンディングで製作費が集められ、完成後も宣伝活動費用とオリジナル日本酒の作成費用をクラウドファンディングで集めた点がユニークです。なお、このオリジナル日本酒「Kampai!」は、GEM by moto(恵比寿)の千葉麻里絵さんがプロデュースし、南部美人で醸されたものですが、「新政」(秋田県)で有名な6号酵母を久慈さんが初めて用いた意欲的な美味しいお酒であることを付言させていただきます。
 この映画の日本語副題は「世界が恋する日本酒」ですが、久慈さんが常々語っておられるように、「日本酒の聖地は日本です」。
 本作には、10年前、いや5年前と比べても味のレベルと多様性が全く異なる局面に入っている日本酒を、より楽しむための新たな発見が数多くちりばめられています。なお、日本酒を題材としたドキュメンタリー映画としては、能登の酒造りを題材として同じく2015年に製作された石井かほり監督の『一献の系譜』などもあり、合わせて観ていただけると日本酒に対する理解がより深まると思います。

 ということで、日本酒で乾杯!


※ 映画『カンパイ! 世界が恋する日本酒』は、昨年10月の東京国際映画祭でアジアン・プレミア上映された後、本年夏より全国各地で上映中。8月からは米国各地でも公開開始。また、上映会開催も可能。詳しくはこちらのサイトから。

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top