インテリジェンス・ナウ
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米情報コミュニティと全面対立:トランプ次期大統領、本音は「逆ニクソン」か

春名幹男
執筆者:春名幹男 2016年12月23日 無料
当選の正当性にも、大統領としての資質にも疑問符がつくのか (c)EPA=時事

 ロシアはトランプ氏を当選させるため米大統領選に向けて、サイバー攻撃を敢行した――。
 17の米情報機関で構成されるインテリジェンス・コミュニティ(IC)が出した、こんな分析結果をめぐって、トランプ氏がICとの対立を深めている。
 実は、次期米大統領は政権移行期間中に毎朝、現職大統領と同じ内容の「大統領日報(PDB)」に関する説明を国家情報長官(DNI)事務所の分析官から、聞くことになっている。しかし、トランプ氏はこれを拒否し、週1回だけしか聞いていないことが明らかになった。PDBは、ICを束ねるDNI事務所が大統領のために最新の世界情勢をまとめて毎日行う極秘報告のことである。
 トランプ氏がこんな形で情報機関と対立する理由は何か。両者間の異常な関係の裏に、複雑な戦略的問題が隠されているようだ。

トランプ当選を謀る秘密工作

 本欄でも今年7月以降、再三ロシアの対米サイバー攻撃問題について伝えてきた。
 米情報機関が公式に、事件について発表したのは10月7日。DNIと国土安全保障長官による連名の声明だった。この声明は「ICは米国の個人および機関のeメールを窃取・公開したのはロシア政府だと確信している。こうした活動を許可できるのはロシア最高権力者のみと信じる」と、初めてプーチン大統領の関与の可能性に言及した。
 大統領選挙後の12月9日付ワシントン・ポスト紙はさらに踏み込んだ分析結果を伝えた。米中央情報局(CIA)の「秘密評価」によると、「ロシアはトランプ氏の勝利を助けるため2016年大統領選挙に介入した」というのだ。匿名の米政府高官は、CIAだけでなくIC全体のコンセンサスとして「トランプ氏を当選させるのがロシアの目的と評価した」とも同紙に語ったという。
 さらに、後追い報道したニューヨーク・タイムズ紙は「ロシアは選挙戦終盤に、クリントン候補が当選する可能性を損ね、トランプ候補の可能性を高める秘密工作を行った」、あるいは「ICはこうしたハッキング工作を監督したロシア軍情報機関、参謀本部情報総局(GRU)高官の名前を割り出した」などと新しい情報を伝えた。

トランプ当選の正統性に疑問符?

 そして、12月16日にはオバマ大統領自身が記者会見で、ロシアの対米サイバー攻撃に対して、今年9月に中国で開催された20カ国・地域(G20)首脳会議の際、自らプーチン・ロシア大統領に対して直接「やめろ」と要求し、報復措置を警告したことを明らかにした。確かに、あの立ったままの会談で両首脳はお互いをにらみ合っていた。
 オバマ大統領は外国政府によるサイバー攻撃を徹底調査し、来年1月20日までの任期内に報告書を提出するよう指示した。大統領はクリントン候補について、彼女は選挙で「公正な扱いを受けなかった」とも指摘しており、トランプ勝利の正統性に疑問符が付くような内容の報告になる可能性が十分ありそうだ。
 これまでの情報だと、対米サイバー攻撃を行ったロシアの組織は国内情報機関「連邦保安局(FSB)」およびGRUの、それぞれのサイバー組織で、民主党全国委員会などに対しスピアフィッシング(spear phishing 魚突き)を実行していたことが分かっている。

「私は賢い」からPDBは不要

 実は、トランプ氏は大統領選挙前から、ロシアによる民主党全国委へのサイバー攻撃の事実を認めていなかった。クリントン候補との10月9日の第2回テレビ討論でも、「たぶんハッキングはなかった」と明言した。
 大統領選挙勝利後は、ICの分析結果をはぐらかすような発言をしている。週刊誌『タイム』とのインタビューでは、「ロシアが(選挙に)介入したとは思わない」と言ったかと思うと「ロシアの可能性もあるし、中国の可能性もある。ニュージャージー州のヤツがやったかもしれない」と意味不明の発言。その直後、政権移行チームは「サダム・フセインが大量破壊兵器を持っていると言ったのと同じ人たち(の分析)です」とCIAの判断を疑問視する声明を出した。つまり、CIAにはハッキングの犯人が特定できない、という立場を示した形だ。
 トランプ氏はFOXテレビとのインタビューでは「ばかげた話だ」と非難し、さらに「ロシアなのか中国なのか、全く分かっていない。どこかでベッドに座っているヤツかもしれない」などと、ごまかすような冗談。「ハッキングは面白い。ハッキングしても捕まえられないだろう」と支離滅裂な発言もした。

毎日のブリーフィングを嫌がる

 DNI事務所当局が最も当惑しているのは、次期大統領がPDBのブリーフィングを毎朝聞こうとしないことだ。
 これに対して、トランプ氏はFOXテレビで「教えてもらう必要がない。私は賢い人だから。向こう8年間も毎日同じ言葉で同じことを伝えてもらう必要はない」と拒否の理由を述べている。
 情報機関から聞くインテリジェンスを信用しない理由についてトランプ氏はNBCテレビで「過去10年間に何が起きたか、考えてみろ。わが国のインテリジェンスを担当してきた人々を信頼できることはそれほどない」と言ったという。
 PDBが始まったのは1960年代のケネディ政権の時から。過去の大統領で、政権移行期にPDBブリーフィングを1度も聞かなかったのはニクソンだけだが、ニクソンは大統領就任後はキッシンジャー補佐官と一緒に聞いた。
 しかし、トランプ氏は大統領就任後、さらに再選されても聞きたくない態度を示している。トランプ氏の不満に対して、DNI事務所側は、「大統領の好みに合ったスタイルに変更して、同じ内容の繰り返しを最小限にとどめ、新しいことを強調するなどして、全体的に短く、パンチの効いた内容にすることを検討中」だと外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版は伝えている。

フリン次期補佐官の影響も

 これに対し、アダム・シフ下院情報特別委員会副委員長(民主党)は「集会に出る時間はあってもインテリジェンスのブリーフィングを聞く時間がないのは困ったもの」と厳しく批判しており、政治問題化する恐れがある。
 ただ、この問題は政治的にやや複雑だ。
 トランプ氏の最側近の1人、マイク・フリン次期大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は国防情報局(DIA)局長だったが、ジェームズ・クラッパー現国家情報長官(DNI)に事実上解任された経緯があり、クラッパー氏の部下によるブリーフィングを断るようトランプ氏に進言した可能性がある。
 その場合、次期政権発足後、新しいDNIの部下のブリーフィングなら、トランプ氏は毎日聞くことも考えられる。

宙に浮くCIAの対ロ強化策

 他方、CIA側にも、次期国務長官に親ロ派指名を決め、ロシア寄り姿勢を強めるトランプ次期政権を強く警戒する理由がある。
 実はCIAは、組織改編も含めた、対ロシア情報工作強化策を検討中だったのだ。もちろん、クリントン氏の大統領当選を想定した計画だったに違いない。
 これはオバマ大統領およびクラッパー長官が出した指示に基づく措置で、冷戦終結後に対ロシア情報工作が強化されるのは初めてのこと。冷戦後、米国がインテリジェンス工作の最優先課題に掲げたのはテロ対策で、対ロシア工作は後回しにされ、近年対ロシア・インテリジェンス能力がとみに低下した、と懸念されていた。
 そこで対ロシア情報工作の優先度を引き上げようとしたところが、大統領選挙で当選したのがトランプ氏だったというわけだ。
 異常とも言えるほどのロシア寄り姿勢を示すトランプ氏は恐らくこのCIAの計画を潰すことになるだろう。

ニクソン対中外交の逆

 では次期米政権は、どのような外交・安保戦略の基本方針で臨むのか。トランプ氏の外交演説からみて、第1に核軍備を拡張し、第2にいま「敵対」するロシアとの関係改善と中国との関係の手直しを優先するとみられる。
 特に中ロ両国はいま、同盟国に準ずるような、非常に緊密な関係にある。だが、次期政権がこの関係に風穴を開ける戦略はあり得る。そこで注目されるのが「逆ニクソン」という発想だ。中国との関係を回復したニクソン大統領とは全く逆に、ロシアとの関係改善によって中国に対する立場を強化し、米国の主導権を取り戻すということだろう。
 米国内の親中国派、さらに対ロ強硬派に巧みに対応し、キッシンジャー氏のような外交技術を備えた人材がいれば可能かもしれないが、現状では共和党の総力も結集できていない。情報コミュニティとの和解だって容易ではないだろう。
 

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執筆者プロフィール
春名幹男 1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。
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