「ワンテーマ展覧会」の理想形を見る大阪・東洋陶磁美術館の「汝窯」特別展

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2016年12月29日 無料
エリア: 中国・台湾 日本
連日盛況で、注目を集めている(筆者撮影)

 

 美術の展覧会には2種類あって、幕の内弁当のように、あれもこれも何でも見せようというタイプと、牛肉弁当みたいに、ワンテーマでがつんと楽しませるタイプがある。どちらもそれぞれメリット、デメリットがある。総じて、私は後者の方が好きだ。前者の場合、玉石混淆な展示品のなかで、いいものを見極めるのにひと苦労するというのもあるし、テーマがすっかりぼやけてしまって、いったい何を見にきたのかわからなくなってしまう。展示する方も何を売り物にすればいいのかわからないような展覧会も少なくない。

 その典型例が、2014年に行われた東京国立博物館による台北故宮展だった。台湾から「人気国宝」と称される翠玉白菜を持ってきたのはいいけれど、有名ではあるが、美術史的には価値の低いものなので、今ひとつほかの展示品とのつながりを提示できなかった。

   2週間しか貸し出されなかった翠玉白菜が台湾に戻ってしまったあとの展覧会はほとんど盛り上がらず、入場者の人数も含めてまったく満足いく結果にはならなかった。長年期待されてきた展覧会であったのに、大変残念なことだった。

 もちろん幕の内弁当スタイルで大成功することもあるのだが、最近は参観客の目も肥えてきているし、海外経験も豊富になって情報も持っているので、どこそこから美術品がやってきた、というだけでは日本の美術ファンもそう簡単には騒いでくれない。むしろ掘り下げた単一テーマの方が観客動員に有利なケースも少なくない。

 

「門外不出」の1品

 そんな単一テーマ展示の凄み、美術展の1つの理想形を感じさせる展覧会が、12月10日から大阪で始まった。それが大阪市立東洋陶磁美術館による特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」である(3月26日まで。展覧会公式情報はこちらから)。

 中国の宋という時代は中華文化の大輪が開花した時代である。その美的価値観は日本にも大きな影響を与えた。宋の時代は北宋と南宋の2つに分かれるが、文化力は北宋が一枚上だった。その頃、宮廷専用の青磁を焼いた窯に汝窯(じょよう)があった。現在の河南省にある「汝」という地方で焼かれたので、その名前がついた。窯跡なども近年発見されている。

 汝窯は青磁の最高峰にあるというのが、専門家の一致した見方だ。その「天青色(てんせいしょく)」の透き通るようなブルーと端正な造形は、「洗練」という言葉でのみ評することが可能であるほどレベルが高い。その青色は「雨過天青」(雨上がりの青空)と評される。実際、当時の皇帝たちの指示のもと、その「天青色」を出すことを目指して磁器が製造されていた。

 汝窯は基本的にすべて皇帝への献上品で、現存する点数が極端に少ない。そのことも汝窯の神秘性と希少価値を高めている。世界で確認されているのは現在90点ほど。そのなかで、クオリティの高いものとなると半分以下だろう。そのうち21点は台北故宮に収蔵され、なかでも最高峰に位置するのは「青磁無紋水仙盆」である。汝窯のブルーのなかでも際立って青色の透明度が高い。青磁の中の青磁、汝窯のなかの汝窯といえる。

台北故宮から初来日した青磁無紋水仙盆 (C) National Palace Museum, Taipei. All Rights Reserved.

 この「青磁無紋水仙盆」、これまで、台北故宮の外に出たことは1度もなかった。海外はもちろん台湾内でも。前述の東博による台北故宮展でも貸してもらうことはできなかった。それが日本に来たのであり、待望の展示である。実現させた東洋陶磁美術館はさすがの交渉力であると感心させられる。

 いま台湾では、誕生したばかりの故宮の分院「南院」で日本の国宝展が始まっているが、昨年12月の開幕式直後に足を運んだところ、東洋陶磁美術館の館蔵品があまりにも大量に展示されているのにびっくりした記憶がある。南院は開館したばかりで収蔵品がまだ少ない。こうやって「貸し」を作っておいて、これという時に「お返し」をしてもらうのかと想像してしまった。

 

「用途」はいまも謎のまま

 今回は汝窯の「青磁無紋水仙盆」を持ってきただけではない。そこに、同じく台北故宮が有するほかの青磁水仙盆3点まで加えている。もともと東洋陶磁美術館では同館秘蔵の汝窯青磁水仙盆1点を有している。ヨーロッパに流出していたものを購入したもので、安宅コレクションの中の1品だった。これもかなりの逸品だ。日本という土地で、日台の有する汝窯の水仙盆が出会うというドラマも、この展覧会の目玉になっている。清朝の皇帝が汝窯を手本につくらせた景徳鎮官窯の青磁水仙盆も加え、合計6点の汝窯・水仙盆による潔いほどのワンテーマの展示である。

 汝窯は、高麗青磁のお手本とされる。作品は見つかっていないが、汝窯そっくりの品が高麗青磁として生産されていた。だが、汝窯の作品は後世の人々の必死の努力にもかかわらず、再現されるに至っていない。近年窯跡も発掘され、見つかった陶片などから研究が進んでいるが、あの「雨過天青」の色の秘密はまだ完全には解明されてない。

 汝窯も謎だが、水仙盆も謎に包まれている。その用途はいまもわかっていない。水仙盆という名前も後世につけられたものだ。何かを入れていたのは間違いないが……。犬や猫の餌を入れていたと口の悪い人は唱えているが、そんなことはないだろう。水を張って花一輪を生けることぐらいしか思いつかない。

 東洋陶磁美術館の展示スペースに足を運んだ。なぜだか、水仙盆が大きく見える。台北で見た時よりも1.5倍はある感覚だ。そして、色合いが、より透明感を持っているように感じられる。

細心の工夫がなされた照明の元で逸品を見られる(著者撮影)

 理由は照明にあった。今回、東洋陶磁美術館は展示にあたって細心の注意を払って照明方法を考えた。汝窯のブルーはその限りなく透明な質感をいかに出すかが問われる。それには、室内でどうやって自然光のもとで見るのに近い環境に近づけるかが課題だった。

 器物そのものの「演色性(色の再現性)」で自然光が100だとすれば、通常の蛍光灯は70ぐらい。LEDだとこれが90ぐらいにはなる。東洋陶磁美術館では、地元京都の照明メーカーと協力し、自然光に限りなく近づいた「97」や「98」ぐらいまで再現率を引き上げたという。明らかに、いままで台北故宮で見てきたときより、水仙盆が美しく、神々しく見える。

「この作品がこれほどきれいに見えたのは初めてです。特に無紋水仙盆からは神々しさすら感じました」(小林仁・東洋陶磁美術館主任学芸員)

 

3点目の発見

 たった6点だけの展覧会だが、我々の眼前に展開される美の世界は広大だ。

 充実した展覧会には「幸運」が舞い込んでくることもある。展覧会の直前、東洋陶磁美術館をある人物が訪れた。汝窯を持っているという。半信半疑で箱を開けてみると、入っていたのは、本物としか思えない汝窯であった。小林氏は「まるで汝窯に呼び寄せられたようなものです」という。

新たに発見された国内3点目の汝窯「青磁盞」(大阪市立東洋陶磁美術館提供)

 従来、日本には汝窯が3点あるとされてきた。1点は、旧安宅コレクションの青磁水仙盆、もう1点は東京国立博物館が収蔵し、かつては川端康成が愛蔵していたことでも知られる青磁盤。これは、汝窯であることを知らなかった美術商から川端が安く買ったという逸話があり、その後、民間の所有者から2015年に東京国立博物館に寄贈されていた。その後、もう1つの汝窯が香港のオークションで23億円という高額で落札されて海外に流出し2点になっていたが、今回、改めて日本における3点目の汝窯の発見となった。

 この展覧会とは別スペースの「宋磁の美」のコーナーに置かれているので、特別展を見終わった後に立ち寄ってみることをお勧めしたい。(野嶋 剛)

 

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執筆者プロフィール
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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