フランス大統領選「謎の男」マクロン(下)「裕福」で「人たらし」だが「理想主義者」

国末憲人
執筆者:国末憲人 2017年4月18日
エリア: ヨーロッパ
2月4日、リヨンでの集会で演説するマクロン(筆者撮影)

 

 エマニュエル・マクロンが大統領候補として急浮上してきた第4の要因は、状況を素早く見極め、チャンスをつかむ能力である。

 マクロンが2017年大統領選への立候補を明らかにしたのは、2016年11月だった。絶対的に有利な候補者が存在しない状況を読み取り、「行ける」と踏んだ判断力は、現在に及んで正しさが証明されつつある。また、社会党が中心になって実施した左派予備選への参加を誘われながら断り通したのも、正しい対応だった。

ぽっかり空いた「中道」の真ん中

 当時、右派「共和主義者」の候補としてはまだアラン・ジュペが最有力だと見られており、大統領フランソワ・オランドも再選出馬を断念する前だった。ジュペとオランドという右派と左派の穏健派2人がいれば、マクロンの影は薄い。だから、その時点での立候補表明は大きな賭けだっただろう。にもかかわらず、彼はそこにチャンスを見いだした。「オランドは恐らく出ない」「ジュペはいずれ失速する」といった見通しがあったからに違いない。

 結果的にオランドもジュペも出ず、主要候補は右翼のマリーヌ・ルペン、右翼に近い右派フランソワ・フィヨン、左翼のジャン=リュック・メランション、左翼に近い左派ブノワ・アモンに絞られた。中道周辺の真ん中がぽっかり空くという、マクロンにとって理想的な展開である。ただ、マクロンが今回あえて勝負に出たことがその前提となっているのは、言うまでもない。

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執筆者プロフィール
国末憲人 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員を経て、現在はGLOBE編集長、青山学院大学仏文科非常勤講師。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)など。
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