中東の激変とそれでも変わらない現実

執筆者:池内恵2020年9月8日
 

 月刊の国際政治経済情報誌として1990年3月に誕生した『フォーサイト』は2010年9月にWEB版として生まれ変わり、この9月で10周年を迎えました。

 これを記念し、月刊誌の時代から『フォーサイト』にて各国・地域・テーマの最先端の動きを分析し続けてきた常連筆者10名の方々に、この10年の情勢の変化を簡潔にまとめていただきました。題して「フォーサイトで辿る変遷10年」。平日正午に順次アップロードしていきます(筆者名で50音順)。

 第2回目は【中東】池内恵さんです。

 

『WEB版フォーサイト』が10周年なので何か文章を寄せてほしい、という編集長からのご依頼のメッセージが飛び込んで、一瞬我が目を疑い、そして天を仰いだ。そんなにも、時間が経ってしまったのか、と。

 購読制の月刊誌として世評が高かった『フォーサイト』が休刊し、WEB版として再出発した2010年の夏、当時在外研究中だった英国ケンブリッジのカレッジの部屋から、最初の原稿を送信しアップロードしてもらったことがつい昨日のことのように感じられる。

 もちろん中東情勢も、『フォーサイト』を含む出版・メディア環境も、そして(余計なことだが)私自身の研究上の立場や研究環境も、この10年で激変した。10年という月日が過ぎ去るのに十分なだけの出来事が、中東と、中東を中心とした国際政治に生じている。それにもかかわらず、「WEB版フォーサイトが10周年」という事実を、どこか受け入れがたい。

 私の手元には月刊誌としての『フォーサイト』の最終号がある。2010年4月号である。すっかり忘れていたが、最終号は『フォーサイト』創刊20周年記念号でもあった。特集は「これからの20年」。

 特集には、その後ますます活動の場を広げ、『WEB版フォーサイト』でもおなじみの国末憲人さん白戸圭一さんも寄稿している。

 10年経っても古くなっている感じがしないのは、流石に「フォーサイト(先見性)」を謳った雑誌だけのことはある。

 2010年4月号に私が寄稿した記事を見てみる。私は月刊誌『フォーサイト』で、2005年から『中東―危機の震源を読む』を連載させてもらっていた(今もWEB版でこの連載は不定期に続いている)。

 私は月刊誌の20年の最後の5年余りをこの連載の執筆者として加わり、WEB版に移行してからの10年を引き続き常連寄稿者として過ごしたことになる。『フォーサイト』合計30年の歴史の中で、執筆者としての期間が過半の15年を越えたことになる。

 月刊誌での最終回となった連載第64回『中東という「危機と機会」に溢れた世界』冒頭の一節は、当時の私の偽らざる心境である。当時の私の立場と、私から見えていた当時の国際情勢と、メディアの状況がここに記されている。

〈二〇〇五年一月号から続けてきたこの連載も、本誌の紙版の休刊でひと区切りとせざるを得ない。それまでの『フォーサイト』の国際情勢ウォッチングの連載は、著名な学者、ジャーナリスト、作家がほとんどで、知名度も経験も乏しい私に声がかかった時は緊張した。独自のニュースソースを抱え、機動力や組織力を備えた第一線のジャーナリストたちに、大学に勤めながら中東の動静を窺っている筆者のような者の視点がどの程度通用するのか、大いに不安を感じながら始めたことを記憶している。結果として五年四カ月にわたって続けてこられたことは、何よりも筆者にとって糧となった〉

 この前年の2009年7月には、この連載の記事をそのまま時系列で並べた『中東 危機の震源を読む』を新潮選書から刊行していた。

 この本は今も版を保っている。2000年代後半の中東の、その後に起こりゆく大規模な変化の兆しを諸所に感じ取って、毎月の締め切りを前に必死に書き綴った「年代記」のような記録として、私自身、当時の状況を思い出すために時々本棚から出して手に取ってみる。

 新潮選書からはその後、『中東 危機の震源を読む』の発展、進化版として、シリーズ【中東大混迷を解く】を2016年に立ち上げて、これまで『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』『シーア派とスンニ派』が刊行されている。

(※以下、つづきは『池内恵の中東通信』にてアップします)

 

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