国際論壇レビュー

原発事故によって「グローバルな記憶」に刻まれた“3.11”

 東日本大震災はいつの間にか3.11と、日付の洋数字だけで表記されるようになった。大きな歴史の「区切り」という意識が生まれたことを意味するのだろうか。あのニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊したテロの日も、「世界が変わった日」と呼ばれ、9.11と表記される。あるいは8.15終戦の日や、2.26陸軍皇道派クーデター未遂事件の日も同じだ。

ドイツが受けた「アイコニック・ターン」の衝撃

 ドイツ紙「ヴェルト」は震災直後3月17日の文化欄記事「イメージの力」【Die Macht der Bilder, DieWelt, 17 Marz】で、噴煙を上げて爆発する福島第1原発の原子炉建屋の画像を掲げ、「世界はこの原発爆発を目撃し、技術の制御力への信頼が打ち砕かれた」と論じた。それは、9.11のツインタワー崩壊の画像と同じように「グローバルな記憶」――人類が共有するハードディスク――に刻み込まれたのだ、という。刻み込まれるだけでなく、意識の変革をもたらすことにもなった。そうした画像ないし映像による大きな意識変革をアイコニック・ターン(Iconic Turn)と呼ぶ。
 技術大国ニッポンで起きた未曾有の原発事故を写すさまざまな映像が「人間の技術は原子力を制御できない」という、強い危機意識を刻み込んだ。そのアイコニック・ターンの大きな衝撃を最初に受けたのは、ドイツである。与党キリスト教民主同盟(CDU)の牙城であり、ドイツで最も豊かなバーデン・ビュルテンベルク州で3月27日に行なわれた州議会選挙。そこで与党は大敗し、反原発を掲げる緑の党など野党側が大躍進した。緑の党の州首相が初めて生まれた。
「信じがたいかもしれないが、日本で起きた壊滅的な震災と津波が、欧州の心臓部で政変を巻き起こしている」。それがグローバル社会であり、「グローバルな記憶」の力なのだ。英紙「フィナンシャル・タイムズ」は特集を組んで、この政変を分析した。 【Germany: The lights go out, The Financial Times, Mar. 28】バーデン・ビュルテンベルク州で58年間も政権を担い続けたCDUが大敗した。この敗北で、欧州一の権力者とされていたメルケル独首相の権威は失墜。州代表で構成する連邦議会上院(参議院)で法案を通すのは難しくなった。秋にまたどこかの州議会選で敗れれば、日本同様の「ねじれ国会」になる。メルケルは、「敗因はニッポンだ」と率直に言う。「ニッポン(の原発事故)のため、情勢は一変した」と。
 福島第1原発の事故を受け、反原発意識が高まって選挙に影響するのを見越し、メルケルは選挙直前に原発政策見直しを表明していた。2022年までに国内の原発17基の稼働停止が決まっていたのを、与党は昨秋に平均12年稼働延長した。この稼働延長の見直しを表明し、国内原発17基のうち7基を一時停止するところまで踏み込んだ。しかし、反原発派の勢いは抑え込めなかった。

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執筆者プロフィール
会田弘継(あいだひろつぐ) 関西大学客員教授、ジャーナリスト。1951年生まれ。東京外語大英米語科卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを務め、現在は共同通信客員論税委員、関西大学客員教授。近著に『世界の知性が語る「特別な日本』』 (新潮新書)『破綻するアメリカ』(岩波現代全書)、『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(中公文庫)など。訳書にフランシス・フクヤマ著『政治の衰退』(講談社)など。
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