ボランティアが支え続ける浜の復活――石巻市・牡鹿半島の今

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2012年12月11日
カテゴリ: 社会
エリア: 日本

 11月、石巻市の牡鹿半島を何度か訪ねた。昨年3月11日の津波で集落という集落が壊滅し、約1.2メートルもの地盤沈下が起きた浜々は、がれきの山が消えて岸壁は真新しいコンクリートでかさ上げされ、主産業である養殖ガキの水揚げ、出荷が始まっていた。ほとんどの浜は津波により、膨大な数の種ガキを、いかだもろとも流された。漁業者たちは生業を続けるか否かの厳しい選択を強いられ、船や資材、新たな種ガキ購入のための借財を抱えて、仮設住宅から、まさしくゼロからの再出発をきった。

 

 カキ初出荷にこぎ着けた福貴浦

 

 カキが育つまで、昨年から1年余りの辛抱を経て、出荷の活気が戻った浜の1つに、福貴浦(ふっきうら)がある。仙台湾側に面し、昔から縁の深い隣の鹿立浜(すだちはま)と一緒に計25戸が再起を決めた。海の底に沈んだ種ガキを掬い上げ、限られた復興資源を共同・公平の精神で分け合い、11月7日、待ちに待った初出荷を迎えた。

 高値がつく生食用でカキを出荷するには、衛生管理を徹底するための共同加工場が絶対条件となるが、大半の浜は施設を流され、再建の途上だ。福貴浦は、同じ宮城県漁協石巻市東部支所(石森裕治支所運営委員長)の5つの浜で1番早く10月末に共同加工場が完成し、当面、鹿立浜と1週間交替で利用し合うことになった。5つの浜に早晩、国の復興予算で施設はそろう予定だが、自己負担は6分の1で、計約1億円に上る。再建途上の漁業者に余力はなく、支払いのためにカキ出荷を軌道に乗せ、市場を取り戻していくほかない。

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執筆者プロフィール
寺島英弥
寺島英弥 河北新報編集委員。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。東北の人と暮らし、文化、歴史などをテーマに連載や地域キャンペーン企画に長く携わる。「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」など。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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