メキシコ「自虐サッカー」の屈折と日本の課題

星野 智幸
執筆者:星野 智幸 2015年8月5日
カテゴリ: 国際 スポーツ 社会
エリア: 中南米

 7月末のメキシコ・リーグ開幕戦、強豪「ラ・マキナ(マシン)」ことクルス・アスルはホームにモナルカス・モレリアを迎えた。
 圧倒的に攻めながら決定機を外していたクルス・アスルは、前半30分になろうというところで、ついにPKを獲得する。キッカーは元メキシコ代表のボランチ、ヘラルド・トラード。
 だが、キックは左のゴールポストに当たり、跳ね返ったこぼれ球をクルス・アスルの選手が再びシュートするが、大きくバーを越えていった。クルス・アスルにとって、今年に入ってリーグ戦3本目のPK失敗である。
 とたんにホームスタジアムの怒りが爆発。「ロートルはとっとと引退しろ!」などとトラードを罵る怒号が渦巻いた。さらに数分後、トラードがボールを奪われてピンチを作ると、以後トラードは試合終了に至るまで、ボールを持つたび、自分を応援しているはずのサポーターたちからブーイングを浴び続けることになる。たとえそれがチャンスで決定的なパスを出すプレーだとしても。

自チームを罵る応援

 メキシコのサッカーはしばしば、日本が目指すべきお手本として、引き合いに出される。体格が小柄で日本人と似ており、フィジカルに頼るのでなく、細かな機動力を武器にパスで相手を翻弄する点などが、日本選手にも真似できるとされている。ブラジル・ワールドカップの後にメキシコ人のハビエル・アギーレ前監督が招聘されたのも、その理由からだった。
 だが私は、実際にメキシコ・リーグのサッカーをスタジアムで見て、あまりにもJリーグからは遠いとも感じた。その1つが上記のような、観客の容赦なさである。前半のまだ反撃の時間がたっぷり残っている段階で、たった1つのPK失敗と失点にはつながらなかったミスだけで、味方からブーイングを浴び続けるという事態は、Jリーグなら考えられない。そんな行為はチームの足を引っ張るもので、ファンであればトラードが気持ちを立て直すべくさらに熱い声援を送るべきだと考えるだろう。
 そもそも、チームの要であるトラードのプレーは、何度もチャンスを作り出していた。ミスの場面も、私には、マークされているトラードにパスを出した選手の判断の誤りに見えた。
 だが、観客にはそんな事情をくむ気はないようだ。失敗すれば、とにかく罵る。結果を出せなかった者を、厳しく断罪する。逆に1対1の勝負に勝ったり、相手をあざ笑うようなプレーでかわしたりすると、絶賛する。

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執筆者プロフィール
星野 智幸
星野 智幸 作家。1965年ロサンゼルス生れ。早稲田大学第一文学部を卒業後、新聞記者をへて、メキシコに留学。1997年『最後の吐息』(文藝賞)でデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2003年『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞を受賞。著書に『ロンリー・ハーツ・キラー』『アルカロイド・ラヴァーズ』『水族』『無間道』などがある。
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