大震災5年後の被災地 遠い復興 見えないゴール

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2016年3月11日
カテゴリ: 政治 社会
エリア: 日本

 東日本大震災と福島第1原発事故から5年。「被災地の現状を知り、沖縄から共有しよう」というシンポジウムが3月5日、那覇市で開かれた(主催/琉球新報社、沖縄テレビ放送、ラジオ沖縄)。筆者も参加した討議では、原発事故被災地の復興、各地に避難する人々の心の回復がいかに遅れ、それを阻む問題がいかに山積しているかが指摘された。震災による傷と再生を問うた議論を報告する。

戻らぬ人口                 

3月5日に開かれたシンポジウムに参加した筆者(左端)

 筆者がシンポジウムで報告したのは、大震災と原発事故から5年となった被災地の現状だ。まず全体を俯瞰してみたい。岩手、宮城、福島の東北3県の被災地の現実はいまなお「復興」から遠く、計約17万8000人が古里を離れて避難生活を送っており、町々の再生、生業(なりわい)の回復はゴールの見えない歩みの途上にある。被災地の42市町村のうち36が5年間で人口を大きく減らした。陸前高田市や宮城県女川町など大規模な津波被災地では、現在も高さ10メートルを超える地盤のかさ上げ工事が続いて土色の風景が広がり、区画整理による新しい町の姿が見え始めるまでなお3~4年近くを要する見通しだ。こうした多くの区画整理地区で、定住希望者は完成を待てずに目減りし続けている。
 福島県内の全住民避難区域について、政府は来春までに相次いで避難指示解除を予定しているが、いまも環境省の除染作業は続き、県内の除染廃棄物を集約する中間貯蔵施設の用地確保も進まず、各地で黒い汚染土袋の山が居座っている。放射線量も原発事故前の水準までには下がらない実態から、子育て世代を中心に多くの人が帰還への不安を拭えずにいる。昨年9月に先行して避難指示解除となった同県楢葉町では、3月現在の帰還者がわずか459人で、震災前の人口の6%にとどまる。帰還は進まない。避難中の住民が帰還したいかどうかの意向調査の結果は、北の津波被災地、南の原発事故被災地ともに1割台が多い。かつての商圏やコミュニティを喪失した地域が多く、自立できる新たなまちづくりには問題課題が山積している。

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執筆者プロフィール
寺島英弥
寺島英弥 河北新報編集委員。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。東北の人と暮らし、文化、歴史などをテーマに連載や地域キャンペーン企画に長く携わる。「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」など。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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