軍事のコモンセンス (8)

トランプ新大統領と米国軍事戦略の行方

 米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が当選した。その結果として世界の何が変わるのかという話題が、今、世界中で沸騰している。
暴言とまでいわれたあの選挙期間中の諸発言が「そのまま実行されるのか」それとも「大きく修正されるのか」ということで議論百出の現状だが、少なくともこの日本では「後者であって欲しい」という意見が多いように見える。
無論、TPPなど経済問題も重要なのだが、ここは、外交・安全保障問題にしぼって考えてみたい。

安全保障戦略形成における日米の相違点

「日本には安全保障戦略がない」とよくいわれる。明治時代前半については別の表現があるのだろうが、日露戦争終了以降について、その言葉は正しいといえる。
 何故なら戦略というものは軍事、あるいは経済のみで決定できるものではないのに、1945年までは軍人のみで(しかも陸・海軍別々に)戦略を決定し、1945年以降は経済人・経済官僚だけで戦略を決定してきたからである。
 故高坂正堯京大教授は「国の体系には(1)力の体系と(2)利益の体系と(3)価値の体系がある」と言い「国家間の平和の問題を困難な問題としているのは、それがこの3つの複合物だということなのである。しかし、昔から平和について論ずるとき、人々はその1つのレベルだけに目を注いできた」と言った。
 その意味で日本には安全保障戦略がなかった訳だが、平成25年(2013年)12月の閣議で決定された国家安全保障戦略は、一応、力、利益、価値の均衡をとっており、日本にとって日露戦争終結以降、初めての国家戦略というべきものである。これを策定した第2次安倍内閣の功績は極めて大きい、と評価したい。
 しかしこの戦略は、外務省と防衛省の役人が作ったものを一部の学者たちが修正し、さらに、一部の政治家たちが審議して決定したものである。国民への説得は無論実施されたが、その真意を理解する国民は今なお多くない。
 一方、米国の戦略は、ストラテジスト(戦略家)といわれる学者(または学者的官僚・軍人)によって作られ、それを官僚・政治家が実現し、その政治家が国民を説得して形成するものである。
良いか悪いかは別にして、20世紀初めからの米国の海外進出はアルフレッド・S・マハン提督の意見にセオドア・ルーズベルト大統領らが同意して実行され、イラク戦争はジョン・ボルトンらネオコン派と言われる知識人たちの考えに、ブッシュ(ジュニア)大統領やチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官などが乗って行われたものである。
 このため、米国には平素から国策を考え提言する学者たちが多く、またこれらの学者たちを抱える数多くの大学・研究所など(いわゆるシンクタンク)があり、これらの大学・研究所は潤沢な寄付金を得て安定的に運営されている。
 学者やシンクタンクの意見には、政府の方針に賛成し後押しするものもあれば反対するものもある。彼らが時の与党系か野党系かにもよるが、その主張は一般に国の政策に直ちに繋がらないものが多い。しかるに、日本の学者、政治家の中にはこれら米国の個別の学者たちの意見を聞き、それが如何にも米国の新しい政策である、と誤解する人々がいる。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
冨澤暉(とみざわひかる) 元陸将、東洋学園大学理事・名誉教授、財団法人偕行社理事長、日本防衛学会顧問。1938年生まれ。防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。米陸軍機甲学校に留学。第1師団長、陸上幕僚副長、北部方面総監を経て、陸上幕僚長を最後に1995年退官。著書に『逆説の軍事論』(バジリコ)、『シンポジウム イラク戦争』(編著、かや書房)、『矛盾だらけの日本の安全保障』(田原総一朗氏との対談、海竜社)。
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