中東―危機の震源を読む
中東―危機の震源を読む(92)

「世俗主義の象徴」を狙ったテロはエルドアン政権の支持層強硬派の突き上げか?

池内恵
執筆者:池内恵 2017年1月3日 無料
エリア: 中東
ナイトクラブに銃を構えて侵入する人物。防犯カメラに映っていた(C)EPA=時事

 

 中東の大晦日や新年が平穏であることは稀である。1月1日の午前1時過ぎ、トルコ・イスタンブルの中心部ベシクタシュ区オルタキョイの、ボスボラス海峡に面した場所にある一流ナイトクラブ「レイナ」で起きた銃乱射・大量殺害事件は、このことをまたも思い出させた。「イスラーム国」系のメディアが、トルコ政府を「十字軍の守護者」と論難し、キリスト教徒が祝う多神教的祝祭を攻撃した、と主張する犯行声明を出したが、実行犯の素性と背景はまだ明らかではない。

 当初の報道では35名、その後39名の死者がすでに出ていると報じられているこの事件が、トルコの内政と中東国際政治の中で持つ意味と、そしてシリア内戦やイラクでの紛争、「イスラーム国」やクルド人勢力との関わりでいずれも鍵となるトルコ政治に及ぼす影響を、考えてみよう。

「世俗主義的トルコ」の象徴への攻撃

 イスラーム教や、ギリシア正教が支配的な中東においては、西暦は用いられていても宗教的祝祭・儀礼とは連動していない(レバノンのマロン派キリスト教徒のようにカソリック化・西欧化が進んでいる場合は除いて)ため、街の雰囲気は普段とさほど変わらない。西暦の大晦日・新年にかけての「カウントダウン・パーティー」は純然たる西欧の風習・流行の移入で、これが一部で盛り上がりを見せるのは、世俗主義によって建国したトルコならではである。今回の事件は、イスラーム教の規範から逸脱し西欧近代の世俗主義に走った者たちが集まっているとイスラーム主義勢力側から見なされる象徴的な場所に対して行われた攻撃と言える。

 エルドアン政権はもちろんテロを非難し、徹底的に対処すると言明する。もちろんそうするだろう。しかし厄介なのは、今回のテロが(犯人も背景もまだ明らかになっていないものの)「どちらかといえばエルドアン側」の勢力によって行われた、と解釈・認識されることが必至なことだ。そして標的になったのは「普通に考えれば反エルドアン」の人たちとその集う場所である。

 トルコの文脈では、このナイトクラブの客には、イメージの上では、エルドアンの支持者は一人もいないと言い切ってしまってもいいほどである。イスラーム圏では、酒を飲んで肌もあらわな服装で女性が集まり、外国人も多いこの種の店を攻撃した場合、社会の広範な層からの反発はそれほど大きくならない。イスラーム法上の罪を犯している者に対する正当な懲罰、正しい道に戻そうとする「勧善懲悪」の一環と解釈されるからだ。

 これはイスラーム主義武装集団の標的への古典的な攻撃形態である。1990年代前半にエジプトで頻発したテロでも酒場や世俗主義的な知識人が標的になった。2000年代にインドネシアのバリ島などで行われたテロもバーやナイトクラブを多くは対象にした。

トルコのイスラーム化に派生する事件

 1990年代も、2000年代も、トルコはそういった中東・イスラーム圏のテロや混乱から相対的に超然としており、高度成長に邁進していた。しかし2003年に成立したエルドアン政権(前年11月にエルドアン率いるAKP政権がギュル首相の元で成立していた)はまさに世俗主義的なトルコをイスラーム主義的に作り変えようとする民意に支えられて成立しており、すでにかなり作り変えた。20世紀前半にイスラーム圏では例外的に世俗主義を推進したトルコが、20世紀末以降に大きくイスラーム化した。それによって過激派のテロがトルコに及ぶ土壌も培われていたと言えよう。

 標的になった場所・被害者たちが世俗主義的な、反エルドアン的なものの象徴であり、攻撃を行った側は(真相はまだ明らかになっていないが)、どのような主体であろうとも、どちらかといえば「元来はエルドアン側」とみなされざるをえない背景を背負っている可能性が高い。

 大まかに言えばエルドアン支持層(と反対勢力からは見なされる者たち)がテロをやり、元来は強硬な反エルドアン派とみられる人々を標的にした、という構図が報じられ論じられることは、エルドアン政権にとっては認めがたいだろう。もちろん表面的には、政権の統制が進むトルコのメディアはこのような構図を報道できないだろうが、反体制派諸派のメディアや、海外のメディアなどを通じて、やがてこの認識は伝わってくるだろう。

 エルドアン政権はこの事件で、一方でイスラーム主義武装集団との対決を迫られる。しかしそれは政権の支持層の一部を敵に回すことになりかねない。この場合の「支持層の一部」とは「シリアから越境してくる外国人テロリスト」ではなく、トルコ社会の内から、あるいはチュルク系諸民族(中央アジアなどの、トルコ語と類縁関係のある諸言語を話す諸民族)を含む、イスラーム主義色を強めて変化した形のトルコ民族主義から出てくるものである。汎トルコ主義とイスラーム主義を包含した民族主義は、エルドアンを政権に押し上げ、守ってきたものでもある。チュルク系諸民族を率いてイスラーム世界を指導するオスマン帝国の復活と、その統治体制として理想化されたカリフ制再興を夢見る、強固な信念を持った層が、エルドアン政権を支えてきた。

 他方で、攻撃を受けた世俗主義勢力は、犯行集団や背後にいると主張する「イスラーム国」だけでなく、エルドアン政権の責を問うかもしれない。

 そもそもそのような分裂を刺激しようとする意図を持った別の勢力が事件を起こした、という可能性もないわけではない。真相はおそらく長く明らかにならないだろうし、検証しようがない、ほとんど理解もしがたい説が、当面は取りざたされるだろう。

牙を剥くイスラーム主義的民族派

 しかし背景にある大きな構図は明らかである。それは、エルドアン政権の、近年にめまぐるしく変わり、相次いで挫折した外交・安全保障政策および、支持基盤の一部をなす勢力を敵視し弾圧する内政上の権力闘争の、ツケが回ってきたということである。

 エルドアン政権はシリア内戦ではイスラーム主義系勢力を支援しアサド政権退陣を迫りつつ、自国内とシリア内でのクルド人勢力とは全面的に対立し、一時はロシアと対立したかと思えば、今は一転ロシアに接近して反米姿勢を誇示している。エルドアン外交の政策転換の繰り返しによって、いくつもの齟齬が生まれ、反対勢力から見れば容易に突くことができる隙が広がっている。そして何よりも、元来の支持層から「変節」への突き上げを受けることが予想される状況になっている。

 これにどう対処するか、その対処策が国民からどう見られるかが、エルドアン政権の命運を左右するだろう。ある意味で、昨年7月のクーデタ未遂よりも深刻な事件となるかもしれない。なぜならば、この事件はエルドアン政権を揺るがすことは確かだが、しかしエルドアンの支持層そのものから犯行勢力が出ているのではないかと疑われる余地があるからだ。

 これは昨年12月19日の衝撃的な、未だ真相が明らかになっていない、ロシア大使射殺事件についても言えることだ。トルコの警察学校を卒業して機動隊員となった氏素性の正しい生粋のトルコ人が、まずアラビア語の文言を唱えてシリアのイスラーム教徒との連帯を叫んだ。これはトルコの社会の変化を象徴しており、この変化はエルドアンを権力の座に押し上げたものであり、権力を握ったエルドアンが推進して生み出したものでもある。

 かつて、ケマル・アタチュルクが唱導し国民教育によって植え付けた西欧的・世俗主義的なトルコ民族主義は、オスマン帝国の過去を断ち切り、イスラーム教とのつながりを極力薄めることを根幹にしていた。カリフ制を廃止するだけでなく、アラビア文字を廃し、アラビア語起源の言葉もトルコ語から極力排除する言語政策を取ったほどで、アラビア語の識字率は激減した。

 しかしエルドアン政権が作り変えたことで現れたイスラーム主義的なトルコは、トルコ人が主導してオスマン帝国の栄光を取り戻し、イスラーム世界の権力を復活させるという、イスラーム主義の色彩の濃い民族派を、強固な支持層として生み出した。

 ロシアに接近し、「イスラーム国」との対決を謳うエルドアン政権は、支持層の最も強固な中核からの突き上げを受けかねない立場にある。

イスラーム主義と世俗主義の決定的分岐の地点が近づく

 かつてエルドアン政権の外交・安全保障政策は「ゼロ・プロブレム政策」と呼ばれるほど、米国とイラン、西欧とロシアなど対立する諸勢力の双方と関係を維持して漁夫の利を得るしたたかさを礼賛されていた。しかし「アラブの春」以後、特にシリア内戦勃発以後、変調をきたしている。むしろ結果的に敵ばかりが増える「オール・エネミー政策」とでも呼べるものとなってしまっている。

 これは内政についても言える。2015年7月以来のクルド勢力との全面対決に続き、昨年7月のクーデタ未遂以後は包括的・全面的なギュレン派弾圧を行っており、今は「イスラーム国」との全面対決を迫られている。二正面・三正面の作戦を、しかも国内社会に対して行わなければならない。

 クルド勢力やギュレン派といったエルドアンが政権を掌握し確立していく過程で一つ一つ取り込んでいった勢力が、一つ一つ離反していく様子を、批判的な観察者が評して「エルドアンは自分の登った木の枝を自分で切っている」と言うのを聞いたことがある。この比喩を借りれば、今回の事件は、エルドアンに、自らが乗っている最も頑丈な枝を切り落とすことを迫る。

 「オスマン帝国の栄光」を取り戻そうとするイスラーム主義的な民族派という、「何があってもエルドアンに投票し、反エルドアン勢力を徒党を組んで牽制・懲罰を加え、死を賭して政権を守る」固い意志を持った強固な支持層は、ロシア大使射殺にも、ナイトクラブ乱射にも、一定の理解を示す(露骨に礼賛する声もネット上では見られる)層である。しかしこの層はまさに昨年7月のクーデタ未遂の際に民兵集団的に結集して政権の盾となり突撃兵となり、軍部隊に立ち向かった人たちである。この最も先鋭的なエルドアン支持層の目に、ロシアへの従属と「イスラーム国」との対決、というエルドアン政権が最近に踏み切った転換は、「裏切り」と映ることは必然である。

 しかしテロに対するエルドアン政権の対応が手ぬるい、と見られれば、米国とロシアの両方からの信頼を失うだけでなく、国内で、力を弱めているとはいえ富裕層・旧エリートに多い世俗主義勢力の結集と離反につながりかねない。エルドアン政権は昨年7月のクーデタ未遂以来、ギュレン派に対抗するために世俗主義勢力への協調・歩み寄りの姿勢を部分的には示してきた。しかしエルドアン政権は敵視した勢力の経済活動への介入や、強硬なメディア統制、そして大統領権限の強化など、世俗主義勢力にとって看過しがたい施策を次々に打ち出しており、失望と反発が広がっている。

 新年の衝撃的な事件の政治的な構図と意味は、2015年7月20日のスルチュ(スルチ)でのクルド人団体への自爆テロと相似している。

 エルドアン政権はスルチュでの攻撃が「イスラーム国」によって行われたと断定した(犯行声明は出ていない)が、クルド人諸勢力はエルドアン政権がイスラーム主義武装勢力の活動を黙認してきた、とエルドアン政権に批判の矛先を向けた。それに対してエルドアン政権はクルド勢力のPKKとの和平協議を打ち切り、強硬な弾圧を行った。スルチでのテロを転換点に、エルドアン政権はシリアのアサド政権だけでなく、クルド武装勢力との全面的な紛争を内外で始めることになった。

 今回の事件は、実行犯や背後がどうであれ(そして、当面、どのように発表されようが)、エルドアンの支持層であるイスラーム主義的な民族主義勢力からの、世俗主義勢力への攻撃という形で、エルドアンに踏み絵を突きつけたものとして理解されるだろう。これにエルドアンがどう応えるか。トルコの「国のかたち」が抱えた亀裂に沿って国と社会が割れてしまいかねない。

 エルドアンは「イスラーム主義」と「世俗主義」という、トルコ共和国の「最も大きな二つの枝」、あるいは「二股に分かれた幹」の、どちらを今回切り落とすのだろうか。そしてその後にもなおエルドアンに足をかける場所は残るのだろうか。そしてトルコはトルコでいられるのだろうか。

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執筆者プロフィール
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター准教授。1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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