中東―危機の震源を読む (65)

再開されるイスラエル・パレスチナ和平交渉の最深部

執筆者:池内恵 2010年9月1日
エリア: 中東 北米

「直接対話」の開始

直接交渉を開始することになったアッバース大統領(左)とネタニヤフ首相 (c)AFP=時事
直接交渉を開始することになったアッバース大統領(左)とネタニヤフ首相 (c)AFP=時事

 本日9月1日、ワシントンに中東和平の主要当事者が集結する。 イスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバース大統領に加え、エジプトのムバーラク大統領、ヨルダンのアブドッラー国王が招待され、それぞれオバマ大統領との2者会談を行なった後、ディナーで一堂に会する予定である。中東和平仲介の「カルテット」(米国、EU、ロシア、国連)の「特使」であるブレア元英首相も加わる。  そして明日2日から、ネタニヤフ首相とアッバース大統領の直接交渉が開始される。オスロ合意を通じて実現したパレスチナ暫定自治体制から、棚上げにされてきた諸懸案を交渉して合意しパレスチナ国家設立につなげる「最終地位交渉」の再開である。2008年暮れにイスラエルがガザ地区を攻撃して以来途絶えていたものであり、ミッチェル米中東和平特使を媒介に5月から続けてきた「間接対話」が一定の成果をもたらしたことになる。  明日からの直接交渉によって再開する和平交渉の意義は、まず何よりも、オバマ政権の強いイニシアティブによって実現しようとしている点だろう。交渉の期限を1年間と区切ったことが重要なポイントである。  交渉の条件と枠組みは、ネタニヤフ首相が求めていたものに限りなく近い。そのためパレスチナ側には反発も強く、アッバース大統領の威信は低下しかねない。和平交渉への期待はイスラエル・パレスチナ双方で低く、また国際社会からも期待が寄せられていない。開始早々にも、現地での緊張激化や衝突の発生で頓挫してしまいかねない脆弱な枠組みである。  しかしオバマ大統領自身の積極的な関与が続いた場合、そして1年の期限に厳格に従わせようとする強い指導力の発揮があった場合、和平合意締結、パレスチナ国家設立に向けて事態が大きく動く可能性もある。  ここでは直接対話の再開に至る経緯と、カルテットによる声明を検討して、イスラエル・パレスチナ交渉の背後に働く米国内政、国際政治の諸要因を読み取っていきたい。そこから和平交渉の見通しの複数のシナリオが望見出来る。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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