W杯サッカーとアジア・太平洋戦争――サムライブルーの敗戦に学ぶ

林吉永
執筆者:林吉永 2014年7月6日

 ブラジルでのサムライブルーは「勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出た」ものの、勝負どころで敗退、日の丸の小旗を打ち振って送り出した様は出征兵士の見送りの悲壮感に比べるのは真に失礼だが、プロパガンダやメディアの煽動が選手たちを「負ける」ことさえ許されないムードに追い込んでいた。まさに国民こぞっての期待過剰、その反動で敗戦の「戦犯探し」をさかんにしている。

 

 明治維新では、日本の近代国民国家建設のため国家の全てを欧米化に注ぐことになり、日本固有の文化は近代化の障害にさえなった。もう一方で国際社会は、クラウゼヴィッツの『戦争論』、ダーウィンの「適者生存論」、ハウスホーファーの「生存圏を掲げる地政学」が戦争を正当化させ、戦争の世紀が始まっていた。

 

 日本は、欧米の流儀を導入して近代国民国家の建設に成功した勢いで日清・日露の戦争に勝利した。また日本にとって第1次世界大戦は、その延長線上の圧倒的に優勢な立場と戦局に恵まれた勝利でもあり、勝ち馬に乗った観があった。しかし正確かつ客観的に言えば、日清・日露戦争の勝利は、近代国民国家として日本を世界の檜舞台に登場させるきっかけを与えた反面、戦備に要する莫大な借金と古典的戦術による多くの兵士の犠牲という負債、そして国力不相応な自負という結果をも残した。

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執筆者プロフィール
林吉永
林吉永 はやし・よしなが NPO国際地政学研究所理事、軍事史学者。1942年神奈川県生れ。65年防衛大卒、米国空軍大学留学、航空幕僚監部総務課長などを経て、航空自衛隊北部航空警戒管制団司令、第7航空団司令、幹部候補生学校長を歴任、退官後2007年まで防衛研究所戦史部長。日本戦略研究フォーラム常務理事を経て、2011年9月国際地政学研究所を発起設立。政府調査業務の執筆編集、シンポジウムの企画運営、海外研究所との協同セミナーの企画運営などを行っている。
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