中東―危機の震源を読む (79)

文民大統領と軍の「コアビタシオン」をめざすエジプト政治の大きな一歩

執筆者:池内恵 2012年6月29日
エリア: 中東
近代史上初めての文民大統領となるムルスィー氏(c)AFP=時事
近代史上初めての文民大統領となるムルスィー氏(c)AFP=時事

 予定通りに進めば、6月30日に、エジプトで近代史上初めて、文民の大統領が就任宣誓を行なう。6月24日の大統領選挙公式発表によれば、ムハンマド・ムルスィーは51.7%の票を集めて当選した。自由で競争的な選挙で投票者の過半の支持を集めた候補者が大統領に就任することだけでもこれまでにない展開だが、それが前政権の仇敵とされて弾圧を受けてきたムスリム同胞団の幹部なのだから、隔世の感がある。  暫定統治を続けてきた国軍最高評議会(SCAF)によって大統領権限の一部が制約され、また、ムスリム同胞団が最大勢力となって主導してきた人民議会が司法判断によって解散された状態での大統領就任となるが、歴史的で大きなステップであることに変わりはない。正当な手続きにより国民から選出された文民の大統領が、実際に就任し、執務を行なうという事実は重い。「アラブ世界ではありえない」と思われてきたことが、次々と生じているのである。  ムルスィーは昨年1月25日に反ムバーラクの抗議行動が始まってから間もなく、治安機構に拘束された。常態化していた反体制派の予防拘禁であり、デモが大規模化し、政権の治安部隊と最初の衝突が生じた1月28日には、ムルスィーは牢獄にいたのである。それに対して今は、ムバーラクとその側近たちが牢獄にいる。ムルスィーは公式発表の翌25日、まず大統領府に入り、将校たちに迎えられた。そしてカメラの前で、かつてムバーラクが座っていた大統領執務室の椅子に座って見せた。長くエジプト政治を見てきた者にとってはややシュールな光景とすら言える。しかしこうして変化は進んでいく。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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