「遊民経済学」への招待
「遊民経済学」への招待(22)

台湾で選挙見物を楽しむ

吉崎達彦

 あれは2008年3月の台湾総統選挙の時であった。筆者は台北経済文化代表処のご好意により、"Visiting Journalist"として選挙戦を見学する機会を得た。当時、「日台次世代対話」という若手研究者の交流会に参加していたことがご縁であった。
 投票日の前日に台北市内に乗り込んだところ、既に市内は熱気に包まれ、そこらじゅうに選挙の宣伝物があふれていた。最終日の選挙運動は、午後10時までと決められている。市内のサッカー場では、民進党の謝長廷と蘇貞昌という正副の総統候補が揃い踏みで、「最後のお願い」の大集会を行っていた。

 しかるに時に利あらず。この時の総統選挙では、2期8年にわたる民進党政権への評価が問われていたが、陳水扁総統の政権末期は汚職事件にまみれ、有権者には「ABC感情」(Anybody But Chen)が吹き荒れていた。直前に行われた立法院(議会)選挙では、野党が4分の3の議席を取るというありさまであった。これでは仮に、民進党が総統選で勝てたとしても、その後の政権運営は至難の業となってしまう。
 それでも、民進党陣営の士気は高かった。彼らが掲げたスローガンは「逆轉勝」である。
 謝長廷候補の演説に、大群衆がどよめくのである。
「ニイ・トゥアン・シャン(逆転勝ち)!」
 地鳴りのような大合唱が繰り返された。大音響のバックミュージックが会場を盛り上げ、ときどき花火が鳴り、何度も歓声がわいた。午後10時を過ぎて集会が解散となっても、支持者たちの「逆轉勝」の合唱はなかなか止まなかった。
 この声が耳にこびりついて離れず、その夜は夢にまで見た。もしも自分が野球のピッチャーであって、その日は速球がビュンビュン決まるような好調さであって、なおかつ9回裏に5点差くらい貰ってマウンドに立っていたとしても、この声を聴いたらきっとビビってしまうことだろう。
 この時の選挙で、野党・国民党の候補者は若くてイケメン、高学歴(ハーバード大学法学博士)の馬英九であった。こちら側のキャッチフレーズは「向前行」だった。立法院選挙を勝った余勢で、このまま突っ走れという意味であろう。つまり「逆轉勝」vs.「向前行」。競馬で言えば、ゴール前で「差せ!」と「そのまま!」の声が交錯しているかのようであった。
 翌日の投票結果は、国民党・馬英九の765万票対民進党・謝長廷の544万票であった。台湾全島が国民党のシンボルカラーであるブルーに染まり、民進党のグリーンを圧倒した。そして馬英九政権が発足したのである。

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執筆者プロフィール
吉崎達彦
吉崎達彦 双日総合研究所チーフエコノミスト。1960年(昭和35年)富山市生まれ。一橋大学社会学部卒業後、1984年日商岩井(現双日)に入社。米国ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会調査役などを経て現職。新聞・経済誌・週刊誌等への執筆の他、「サンデープロジェクト」等TVでも活躍。また、自身のホームページ「溜池通信」では、アメリカを中心に世界の政治経済について鋭く分析したレポートを配信中。著書に『溜池通信 いかにもこれが経済』(日本経済新聞出版社)、『1985年』(新潮新書)など、共著に『ヤバい日本経済』(東洋経済新報社)がある。
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