軍事のコモンセンス
軍事のコモンセンス(1)

集団安全保障と憲法9条(上)

冨澤暉
執筆者:冨澤暉 2016年9月9日
カテゴリ: 政治 外交・安全保障
エリア: 日本

 今般、『フォーサイト』で軍事問題についての連載を引き受けることになった。
編集者からは「リアルな軍事問題について『こう考えればいい』という指針になるようなものを書いて欲しい。言ってみれば『日本人のための軍事問題入門』になるものを」という依頼を受けた。
「いいでしょう」と軽く答えては見たものの、「これはなかなか難しいな」とも感じている。何故なら日本には軍事について内外に通じ合う共通の言葉がないからである。
 多くの日本人は「安全保障」と「防衛」と「自衛」は同じものであり、そしてその国際法上の「自衛」は国内法の「正当防衛」と全く同じものだと誤解している。また自衛隊をそれなりの軍隊だと思っているようだが、その名称を「Self Defense Force」と英語に換えて話しても多くの外人には全く理解されない、ということすらご存じないのである。
 軍事の目的は外交に寄与し平和(秩序)を構築することにあるのだが、何れにせよ軍事は相手のある国際問題なので、相手に正しく理解されなければその本来の目的を達成することが出来ない。

「集団安全保障」と「集団的自衛権」の差異を知らない

 今、話題になっている「集団的自衛権」や「集団安全保障」についても同じである。
 2000年10月に米国シンクタンクINSS(国家戦略研究所)が第1次アーミテージ・レポートを出した時に、日本の殆どのマスコミは、その最大の論点は「日本の集団的自衛権の行使だ」、と報じた。ただ1社、朝日新聞だけは「集団安全保障の義務遂行だ」と伝えたのだが、その朝日は「集団的自衛権」のことには触れず、その他のマスコミは「集団安全保障」に一切触れなかった。
 実際には「安全保障」の項に「日本が集団的自衛権を禁止していることは日米の協力を制限している。これを取り除くことにより、一層緊密かつ効果的な安全保障協力が可能となる」という文言があり、それとは別に「外交」の項に「米国は日本の国連安保理常任理事国入りへの探求を支持すべきである。しかし、そこには集団安全保障の明確な義務があることを日本は理解しなければならない」とあったのだが、その両方を正確に伝えたマスコミは皆無であった。あるテレビ解説者は「日本が集団的自衛権を行使できるようにならない限り、米国は日本の常任理事国入りを認めないと言っている」と混淆しかつ間違った説明をとくとくと述べていた。要するにマスコミも学者も政治家も官僚も、「集団的自衛権行使」と「集団安全保障」の差異を全く知らなかったということである。
 実は、このアーミテージ・レポートの主要論点はそんなことではなく「沖縄基地問題の将来展望について抜本的な『戦略対話』をしよう」ということだったのだが、それに気づいた人が殆どいなかった、ということでもあった。
 ことほどさように、戦後71年間の日本人は軍事に関心なく、軍事に関する言葉も知らず、ただ世界の潮流の中で否応なく、訳も分からず軍事を議論してきた。防衛大学入校以後39年間、日本の軍事の実務に携わり、爾後独学で軍事を考えてきた私自身も、実はそれほどの軍事エキスパートではない。陸上のことは多少知っていても海・空のことは良く知らないのである。しかし「軍事は国家の大事であり、その在り方は政治家・学者・マスコミを含む、国民(国の主権者)自身が決定するもの」と考えるならば、その国民に少しでも軍事の実態を知って戴きたく、本連載に努力したいと考えている。

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執筆者プロフィール
冨澤暉
冨澤暉 元陸将、東洋学園大学理事・名誉教授、財団法人偕行社理事長、日本防衛学会顧問。1938年生まれ。防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。米陸軍機甲学校に留学。第1師団長、陸上幕僚副長、北部方面総監を経て、陸上幕僚長を最後に1995年退官。著書に『逆説の軍事論』(バジリコ)、『シンポジウム イラク戦争』(編著、かや書房)、『矛盾だらけの日本の安全保障』(田原総一朗氏との対談、海竜社)。
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