「食用米」復活へ模索続ける「飯舘」「南相馬」の篤農家たち

寺島英弥
執筆者:寺島英弥 2017年11月19日
エリア: 日本
奥村健郞さんが運転するコンバインが、刈り取りを急ぐ。10月6日、南相馬市原町区下太田(筆者撮影、以下同)

 

 今年3月31日、東京電力福島第1原子力発電所事故から6年を経て避難指示が解除された、福島県飯舘村。だが現在、環境省の除染が行われた計1260ヘクタールの水田は、土色の荒野が広がったままで、実りの秋という言葉も情景もなくなったかのようだ。「飯舘のコメは風評で売れない」と大半の農家が諦める中、稲作を再開するのはわずか8人で、開拓者の孤独を背負う。

 隣の南相馬市でも、風評への懸念から、農家たちは牛、豚の飼料米作りで収入を保つ。「消費者に食べてもらうコメを再び作らねば復興と言えない」と悔しさを語りつつ、新たな生き方を模索している。

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執筆者プロフィール
寺島英弥 ジャーナリスト。1957年福島県生れ。早稲田大学法学部卒。河北新報元編集委員。河北新報で「こころの伏流水 北の祈り」(新聞協会賞)、「オリザの環」(同)、「時よ語れ 東北の20世紀」などの連載に携わり、2011年から東日本大震災、福島第1原発事故を取材。フルブライト奨学生として2002-03年、米デューク大に留学。主著に『シビック・ジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』(日本評論社)、『海よ里よ、いつの日に還る』(明石書店)『東日本大震災 何も終わらない福島の5年 飯舘・南相馬から』(同)。3.11以降、被災地における「人間」の記録を綴ったブログ「余震の中で新聞を作る」を更新中。
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