連載小説 Δ(デルタ)(31)

執筆者:杉山隆男 2017年11月18日
エリア: アジア
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

乗っ取られた巡視船「うおつり」内で、唯一自由の身である市川は、愛国義勇軍が巡視船を爆破するのではないかと考え、取り押さえた兵士の張とともに機関室を捜索するが、爆薬らしきものは見つからなかった。その時、何かがはじけたような甲高い音が続けて聞こえた。張は叫んだ。「いまこの瞬間、愛国義勇軍が釣魚島に五星紅旗を掲げたんだ!」――。

 

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 総理官邸危機管理センターの幹部会議室は、いわゆるノンキャリと言われる一般スタッフの間で、「幹部部屋」とひそかに呼ばれている。ひとたび召集がかかって室内に入ったらなかなか出てこられない、押し込め部屋的な意味あいからそう呼ばれるのだが、事実、東日本大震災のときは2週間あまり缶詰状態がつづいた。もちろん幹部部屋という言葉の持つ独特の響きには、組織への忠節や己の栄達と自己実現のため昼夜を分かたず身を粉にして働くエリート官僚に向けられた、ノンキャリならではの、いささかシニカルなニュアンスもこめられているのかもしれない。

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執筆者プロフィール
杉山隆男(すぎやまたかお) 1952年、東京生れ。一橋大学社会学部卒業後、読売新聞記者を経て執筆活動に入る。1986年に新聞社の舞台裏を克明に描いた『メディアの興亡』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1996年『兵士に聞け』で新潮学芸賞受賞、以後『兵士を見よ』『兵士を追え』とつづく「兵士シリーズ」は7作目の『兵士に聞け 最終章』で完結した。ノンフイクション、小説、エッセイなど精力的に執筆し、『汐留川』『昭和の特別な一日』『私と、妻と、妻の犬』など著書多数。
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