2022年も熾烈化する「vs. 権威主義体制」(2021年10・11・12月-1)

執筆者:API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)2021年12月22日
アメリカはいま、民主主義の「成果」を生み出せていない(民主主義サミット閉幕に際し演説をするバイデン米大統領=12月10日) ⓒAFP=時事
民主主義体制と権威主義体制の対立は来年もメインテーマであり続ける。米バイデン政権が開催した民主主義サミットに対し、中ロの駐米大使が共同執筆で「冷戦思考の遺物」と批判を展開。年後半の議論を集めたAUKUSについては、EUとブレグジット後のイギリスのパートナーシップの行方も注目される。

1.バイデン政権の民主主義サミット

■「of Democracies」ではなく「for Democracy」

 2021年12月9日から10日にかけて、オンライン形式で、アメリカのジョー・バイデン大統領が主催する「民主主義のためのサミット(The Summit for Democracy)」が開催された。バイデンは大統領選挙が行われていた2019年の時点で、選挙での勝利の後、大統領として民主主義諸国が結集するサミットを開催することを公約としてきた。

 バイデン大統領が民主主義サミットを開催する背景には、権威主義体制である中国の急速な経済成長、そして政治的な影響力の拡大に伴う権威主義体制諸国の台頭に対して、民主主義体制が劣勢にあるという認識があった。実際に、過去10年ほどで民主主義諸国の数は減少しており、冷戦終結直後の民主主義の拡大に対する楽観論は大きく後退した。そのような趨勢を反転させるためにも、バイデン大統領は自らが指導力を発揮して「民主主義のためのサミット」を開く必要があった。

 このオンラインで行われた民主主義サミットに招待された111カ国・地域は、必ずしもすべてが成熟した自由民主主義諸国というわけではなかった。そのため、「民主主義のサミット(The Summit of Democracies)」ではなく「民主主義のためのサミット(The Summit for Democracy)」と、その名称にも留意する必要があった。民主主義の発展を志向するサミットと位置づけ、民主主義政治への問題や批判が見られる諸国であっても参加できるように配慮したものと考えられる。

 民主主義体制と権威主義体制が対峙するという構図は、今年になってから繰り返し論じられ指摘されてきたテーマである。ちょうど毎年年末に刊行される英『エコノミスト』誌の特別号、『2022年の世界を展望する』では、巻頭でトム・スタンデージ編集長が2022年の世界の10大テーマの第1として、「民主主義と専制主義の対立」を挙げている[Tom Standage, “Ten trends to watch in the coming year(来年の世界の10大テーマ)”, The Economist: The World Ahead 2022, November 8, 2021]。このような米中対立を中核とする、民主主義体制と権威主義体制の対立という構図は、2022年にはよりいっそう熾烈なものとなるであろう。そのような潮流の中で開催された「民主主義のためのサミット」をめぐって、国際論壇では多様な見解、論調が見られた。はたして民主主義サミットにはどのような意義があり、どのような成果があったのだろうか。

■民主主義諸国の「成果」こそが重要との声

 この民主主義サミットは比較的早い段階で開催のスケジュールが固まっていたために、開催前から論壇誌や新聞紙面ではそれをめぐりさまざまな議論が見られた。たとえば、リチャード・フォンテーヌとジャレッド・コーエンは、『フォーリン・ポリシー』誌に寄せた原稿の中で、開催前の民主主義サミットについて、バイデン大統領の意図する外交目的が不明瞭であると批判し、また非民主主義的な諸国もそこに含められるということへ疑念を示した[Richard Fontaine and Jared Cohen, “Biden’s Democracy Summit Needs to Produce More Than a Bland Statement(バイデンの民主主義サミットは当たり障りのない声明以上のものを作り出す必要がある)”, Foreign Policy, November 12, 2021]。他方でフォンテーヌとコーエンは、民主主義諸国間が協力関係を強化する方策を具体的に提言しており、単なる修辞以上に民主主義を強化する意義があることを強調している。このように民主主義サミットを実施すること自体には肯定的であっても、バイデン大統領がそれをどのように位置づけ、どのように実施するかについてはさまざまな批判的な見解が見られた。

 他方で、リアリストの国際政治学者として定期的に『フォーリン・ポリシー』誌にコラムを寄せるスティーブン・ウォルト・ハーバード大学教授は、明確な目的を持たずに開催する民主主義サミットは、むしろアメリカをはじめとする民主主義諸国の利益を考慮する際に逆効果となる可能性があると、その実施自体を問題視する[Stephen M. Walt, “Biden’s Democracy Summit Could Backfire(バイデンによる民主主義サミットは裏目に出るかもしれない)”, Foreign Policy, December 8, 2021]。ウォルトによれば、民主主義の強みを世界にアピールするためには、実際に民主主義諸国が権威主義体制と比べて、経済成長や社会の安定性など、よりよい成果を生み出すことを示す必要がある。すなわち、より安全で、より豊かで、より日々の生活に満足できるような政治や社会を生み出すことによりはじめて、民主主義体制の優位性を示すことができるはずだ。ウォルトによれば、アメリカ合衆国は現在、そのような成果を生み出しているわけではなく、そこに問題の本質があるという主張は適切なものといえるだろう。

■中ロ接近の機会にも

 この民主主義サミットの開催に対して、中国においてもその参加国数の規模や、会議の成果について注目が集まっていた。中国ではあくまでも、台湾がそこに参加していること、そして台湾の民主主義をアメリカが擁護していることに強い関心が向けられている。たとえば『環球時報』紙の社説は、アメリカが中国に配慮し、台湾からの参加を主要閣僚ではない官僚の参加に留めた抑制的な対応に注目しながらも、そのようなサミットを開催して、そこに台湾を招待することにより中国を挑発したと批判する[社评:美台借“民主峰会”逞能,但又有点怂(「社説:「民主主義サミット」での米台の姿勢は、見た目よりも軟弱である)」、『环球网』、2021年11月24日]。そして、最近の中国でしばしば論じられているように、米台関係を強化して、台湾を独立へ向かわせるような、アメリカのいわゆる「サラミ戦術」を牽制する。とはいえこの社説においては、中国政府の米台双方を「圧倒する決意と自信」を誇示し、また「台湾独立」に対する武力による懲罰について人民の付託を受けていることを強調する。それにより、民主主義サミットが中台関係の行方にはいかなる重要な影響も及ぼさないであろうと一蹴する。

 このような中国における民主主義サミット批判の論調に加えて、中国とロシアがこれを機によりいっそうアメリカ批判の姿勢を強め、中ロ関係の強化へと動いている点も注目に値する。民主主義サミット開催を前にして、アナトリー・アントノフ駐米ロシア大使と秦剛駐米中国大使が共同執筆した『ナショナル・インタレスト』誌の論考では、アメリカがイデオロギー対立を国家間関係にもたらし、アメリカが擁護するある特定の「民主主義」を他国に押しつける行為を慎むようにうったえている[Anatoly Antonov and Qin Gang, “Russian and Chinese Ambassadors: Respecting People’s Democratic Rights(ロシアと中国の駐米大使:人民の民主的権利を尊重せよ)”, The National Interest, November 26, 2021]。同論考は、民主主義サミット「冷戦思考の遺物」とみなし、中ロ両国はそのような動きに断固として反対するとの姿勢を示す。そして、そのようなアメリカの対外姿勢が覇権と分断をもたらし、国際秩序を不安定化していると批判した。この2人の大使によれば、アメリカはロシアや中国の民主主義を懸念するよりも自国のそれを懸念すべきであり、価値外交を控えて相互尊重の精神から、平和共存を試みることが重要だという。

 このような中国やロシアからの批判に対して、バイデン政権のアメリカはどのように応えるのか。そして日本もまた、民主主義勢力が後退している現状をどのように受けとめるのか。この民主主義体制と権威主義体制の対立として国際秩序を眺める構図は、今後も持続していくであろう。

2. AUKUSが生み出す新しい戦略環境

■欧州は英をどう見たか

 9月15日の発表以来、アメリカ、イギリス、オーストラリア3国間の協力枠組みであるAUKUSをめぐり、外交や安全保障の専門家の間で論争が続いている。それははたして、必要で有益な枠組みなのか。あるいは、あまりにも多くの問題を抱えているというべきなのか。その結成の意義と影響について賛否両論が見られるが、他方で具体的な協力枠組みの内実や、今後の発展の方向性については依然として不透明な部分が大きい。また、そもそもの3国間の協力の中核を占めていたオーストラリアの原子力潜水艦の共同開発についても、はたして米英協力による技術供与が本当に実現可能なのか、そしてオーストラリア軍による配備が実現するのがいつ頃なのかについて、あまりにも曖昧な領域が大きい。

 そのようななかで、AUKUSの意義と意味について明解な主張を行っているのが、ロンドン大学キングス・カレッジ教授で、アジアの海洋安全保障の専門家であるアレッシオ・パタラーノである。パタラーノは、AUKUSは中国の海洋進出という現実がもたらしたレアルポリティークの結果であり、それに対抗するために必要なミニラテラリズムの成果であると説く[Alessio Patalano, “AUKUS and the dawn of realpolitik minilateralism in the Indo-Pacific(AUKUSとインド太平洋でのレアルポリティーク的なミニラテラリズムの夜明け)”, NIKKEI Asia, October 13, 2021]。今年の6月の英コーンウォールG7サミットの際に英米両国首脳により示された「新大西洋憲章」に見られるように、英米両国は世界秩序観を共有し、中国による経済的強制や、海警による威嚇的な行動がこの地域にもたらす不安定性を懸念する。それゆえ、オーストラリア政府が抱える不安を共有し、それに実効的に対処することが不可欠であった。いわば、AUKUSは中国が批判するような「冷戦思考の遺物」などではなく、クアッドに見られるような政策領域ごとに柔軟な連携を組むミニラテラリズムの新しい潮流といえる。さらにこれは、イギリス政府が3月に公表した「統合レビュー」で定義した「主宰する力(convening power)」を実践する試みでもあると位置づける。パタラーノは、イギリスの視点からこのAUKUSの意義を説明している。

 ヨーロッパ大陸から眺めると、AUKUSをめぐりイギリスの政策は異なる文脈で語られることになる。たとえば、ドイツ国際安全保障問題研究所(SWP)の研究員であるクラウディア・マヨールニコライ・フォン・オンダルツァによる論考では、EU(欧州連合)の「戦略的自立」摸索とイギリスの英語圏諸国の結束を目指す志向の隔たり、つまりブレグジット後のヨーロッパにおいて、アメリカの同盟諸国の間で異なる道筋が描かれていることに注目する[ Claudia Major and Nicolai von Ondarza, “Afghanistan, AUKUS, and Albion(アフガニスタン、AUKUS、アルビオン)”, Internationale Politik, October 4, 2021]。またそのことは、ブレグジット後のイギリスが、EUにとって難しいパートナーとなることを示唆している。他方で、「グローバル・ブリテン」を実践する上でイギリスが十分な資源を有しているかどうかについては、このようなドイツの安全保障研究者のみならず、イギリス国内でも論じられている。「中流階級のための外交」を志向するアメリカと、財政的困難から防衛費の削減が課題となるであろうイギリスは、はたしてどこまでインド太平洋の安全保障問題に関与することができるのか。アフガニスタンからの米軍の撤退は、そのような疑念を生じさせているのである。

■印のメリット、ASEANの懐疑

 これからのインド太平洋における戦略関係において中核的な位置を占めるであろうインドは、このAUKUSをどのように見ているのか。インドと日本が加わるクアッドとは異なり、AUKUSは米英豪という英語圏諸国の結束であり、同質的な諸国による安全保障協力ということで、インドでは一歩距離を置く見方が多い。同時に、インドは独自にロシアや中国とも良好な関係を維持しようとしており、戦略目標は必ずしもAUKUS諸国と一致しているわけではない。そのようななか、シンガポール国立大学の研究員を務めるヨゲシュ・ジョシは、アメリカの軍事技術がAUKUSを通じてオーストラリアへと移転する点に注目して、これまでロシアの原潜技術に依存してきたインドが、今後はアメリカとの共同開発や技術移転に期待できる可能性を示唆する[Yogesh Joshi, “AUKUS can strengthen India’s strategic autonomy(AUKUSはインドの戦略的自律性を強化できる)”, The Strategist, October 12, 2021]。インドは現在、急速に軍事費を増大させ、また軍事技術を発展させているが、AUKUSによるオーストラリアへの原潜開発技術の供与がこの地域の戦略バランスにおいて、インドに有利な動きをもたらすことを指摘する。

 他方で、東南アジア諸国は一般的に、このようなAUKUS成立の動きに対してはより慎重であり、より否定的だと言えそうである。ISEASユソク・イシャク研究所のシニア・フェローであるウィリアム・チョーンシャロン・シェイの論考では、AUKUSがこの地域での地政学リスクを高めて、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を米中対立の構造の中でよりいっそう分断させて、加盟国間の摩擦を増幅させることに警鐘を鳴らす[William Choong and Sharon Seah, “Why AUKUS Alarms ASEAN(AUKUSがASEANを不安にさせる理由)”, Foreign Policy, October 19, 2021]。これまでこの地域における地域統合の「原動力(ドライバー)」であったASEANも、いまやその「黄金時代」を終えつつあり、連帯の欠如もよりいっそう明白となった。ASEANが機能麻痺する中で、AUKUSがASEANにとって負の影響をもたらすことを批判的に論じている。日本が参加しているクアッドと異なり、おそらくAUKUSとしてのアングロサクソン諸国の結束は、東南アジアでは帝国主義の記憶を喚起させ、米中対立による地域の分断を加速するものとして捉えられているのではないか。

 アメリカの安全保障コミュニティにおいては、AUKUSは戦略的に必要な枠組みであり、オーストラリアが原子力潜水艦を保有することで中国に対する民主主義勢力の抑止力を強化することに資するという論調が一般的である。軍事的な合理性から考慮して、フランスの潜水艦ではなく、米英による技術供与により原潜を配備する方が、アメリカのインド太平洋戦略にとっては有益という見解が幅広く共有されている。他方で、そのような動きをイギリス、インド、ASEANというように、異なる角度から俯瞰することも必要なのではないか。(続く)

 

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