ニューヨーク発 トランプのアメリカ
ニューヨーク発 トランプのアメリカ(13)

「フリン前大統領補佐官」訴追でトランプ大統領の「眠れぬ夜」

青木冨貴子
執筆者:青木冨貴子 2017年12月7日 無料
エリア: 北米 ロシア
隣同士で親しげに食事するフリン氏とプーチン大統領。この映像は全米に何度も流れた(C)EPA=時事

 

 ロックフェラーセンターのクリスマス・ツリーに灯がともり、このまま「ロシア疑惑」の解明もはかばかしい進展のないまま年が暮れるのかと思っていた矢先の12月1日、ロバート・ムラー特別検察官は、マイケル・フリン前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を連邦捜査局(FBI)への虚偽供述罪で訴追したと発表した。「ムラーよ、ついにやってくれた!」と快哉を叫びたい気持ちだった。

 フリンはその朝、首都ワシントンの連邦地裁に出廷し、「有罪です」とのひと言で判事に偽証罪を認めた。

 これによって、被告は特別検察官の捜査に全面的に協力することになった。5月から始まったムラーによる「ロシア疑惑」の捜査は一挙に核心に迫っていく勢いである。

 フリンは特別検察官が訴追した4人目にあたる。これまでにトランプ陣営の元選挙対策本部長であるポール・マナフォートや側近のリック・ゲイツが起訴された。2人はマネーロンダリングや脱税などの罪状に対し、無罪を主張。元外交顧問のジョージ・パパドポロスは、ロシア政府との繋がりがある当局者との接触をめぐり、FBIの尋問で偽証したことを認めた。

 フリンの罪状については、ドナルド・トランプの大統領就任前、当時の駐米ロシア大使セルゲイ・キスリャクと折衝した時の会話について偽証した罪1件だけが問われることになった。別件でもっと重罪に問われてもおかしくないのに、偽証罪という軽罪を認め、捜査チームにすべての情報を提供し、被告が「ロシア疑惑」に関する重要な証言者になる用意のあることを約束したのである。偽証罪に対する量刑は最長5年の禁錮刑だが、判事はこれより重い量刑を課することもできると強調した。フリンは行動の誤りを認めたうえで、

「私の有罪答弁と特別検察官チームに協力することに同意したのは、家族や国の最善の利益のために私が下した決断である」と声明を発表した。

 この取り決めでは、側近として会合などに同席したフリンの息子マイケル・フリン・ジュニアは罪に問われないことが確定した。

 特別検察官チームとフリンの間にどんな取り決めが結ばれたか、公開された起訴状や罪状、司法取引などの文書をインターネットで入手し、法律用語の裏にある当時の状況を総合的に考えて読み進めると、一級のミステリーを見るようである。まずはその文書の解読から始めよう。

フリンが認めた「真実」

 トランプが大統領に就任した直後の1月24日、大統領選に対するロシア政府の介入について捜査をはじめたFBIは、フリンを尋問した。トランプの政権移行チーム幹部として辣腕をふるい、4日前に就任したばかりの大統領特別補佐官である。彼はこの尋問で、米国の対ロシア制裁について駐米ロシア大使と協議したことはないと虚偽の証言をした。この文書では、以下が真実であり事実であることを認めている。

 

a. 2016年12月28日頃、バラク・オバマ大統領(当時)は大統領令によってロシア企業や情報機関に対する制裁措置を発動した。オバマ大統領は、ロシア当局が民主党本部やヒラリー・クリントンの選挙対策本部をハッキングして選挙に介入したという中央情報局(CIA)などの報告をもとに、ロシアへの報復措置に踏み切ったのである。ロシア外交官35人と家族に対し、72時間以内の国外退去を命じ、ロシア情報機関が使用するニューヨークとメリーランド両州の施設を閉鎖した。

b. 同12月28日頃、キスリャク・ロシア大使はフリンにコンタクトしてきた。

c. 翌29日頃、フリンはトランプの“政権移行チームの最高幹部”に連絡。この最高幹部は、政権移行チームのほかのメンバーとともにフロリダ州パーム・ビーチにトランプが所有する別荘「マール・アラーゴ」にいて、米国の制裁について、ロシア大使といかに話し合うか協議していた。政権移行チームとフリンは、ロシアが米国による制裁に応酬するような対応を控えるよう申し入れることに決定した。

d. フリンは早速、ロシア大使に電話して制裁に対して報復しないよう要請した。

e. ロシア大使との電話の後、フリンは政権移行チームの最高幹部に電話してロシア大使との電話内容を報告した。

f. 12月30日頃、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、米国の制裁に対して報復措置を取らないという声明を発表した。

g. 12月31日頃、ロシア大使はフリンに電話してきて、フリンの要請にもとづき、米国の制裁についてロシアは何の報復措置を取らないことを決定したと伝えた。

h.この電話の後、フリンは政権移行チームの最高幹部と話し、フリンとロシア大使との話し合いの内容を伝えた。

 

 さらにこの文書には、パレスチナへのイスラエル人入植問題について、国連安全保障理事会のイスラエル批判決議を遅らせるか、拒否権を行使するよう、ロシア大使に要請したことが記されている。

 また、大統領特別補佐官に就任する前から、フリンはトルコ政府の代理としてロビー活動を行っていたが、その活動について虚偽の記述や省略を行っていたことを認めたとこの文書にある。

無視された「オバマの忠告」

 以上、文書を解読していくと多くの疑問が湧き上がってくる。もっとも興味深いのは、フリンがロシア大使キスリャクと頻繁に接し、ロシアに対する制裁について話し合っていた事実が明確になったこと。さらに、フリンが個人的にロシア大使と接触していたのではなく、“政権移行チームの最高幹部“と協議の上で動いていたと語っていることだ。その“政権移行チームの最高幹部”とはいったい誰なのだろうか。この人物こそ、ロシア側とトランプ陣営を結びつけていたキーパーソンにちがいない。

 昨年末、オバマの大統領令によって発令された厳しい制裁の後、プーチン大統領がこの制裁に対して何の応酬措置も取らないと発表したことにわたしは驚き、不可解なものを感じた。しかし、実は、その裏でフリンがロシア大使を通してプーチンに報復しないことを要請していたというではないか。突然顔を出す思わぬ歴史の一片に心臓が高鳴る思いだ。

 そのうえ、あのプーチンがフリンの要請をすんなり受け入れたことは、トランプ陣営とロシア側がすでにかなり親密だったことの証左ではないか。両者はいつからどんな形で結びついていたのか。さらに、緊密に連絡を取り合っていたキスリャクとフリンはどんな関係なのか。

 トランプの勝利が決まった2日後の11月10日、ホワイトハウスにオバマを訪ねたトランプは大統領と握手を交わし、2人の初会合は友好的に進んだように見えた。しかし、複数の高官の証言によると、オバマはトランプに「フリンを雇わないように」と忠告をしていたという。その忠告にもかかわらず、ホワイトハウスに入ったトランプはフリンを国家安全保障問題担当の大統領補佐官という要職につけたのである。何故、トランプはオバマの忠告に反して、フリンを起用したのか。

 さらに、当時の司法長官代行サリー・イエーツ連邦検事は、トランプの大統領就任から10日以内に、フリンはロシアによる影響を受けており、「事実上、(ロシアから)脅迫される可能性がある」とホワイトハウスに複数回忠告していた。

 この結果、フリンは2月13日に大統領補佐官を辞任したのである。たった24日という史上もっとも短い大統領補佐官になった。政権発足前に駐米ロシア大使とロシア制裁について協議した疑惑が引き金であった。

「意図せずして、ロシア大使との複数の電話について不完全な情報を次期副大統領などに伝えてしまった」とフリンは辞表で明らかににしている。

 トランプも、次期副大統領のマイク・ペンスに誤った情報を与えて誘導したことを辞任の理由にあげていた。

 しかし、司法省はフリンの行動について正確に把握していた。他国の政府関係者の通信を定期的に監視する米国の情報機関は、ロシア制裁後、ロシア高官の通信を傍受していた。つまり、フリンとキスリャクとの電話は盗聴されていたのである。

ロシア・ソフトの脅威

 マイケル・フリンは1958年12月、ロードアイランドに生まれた。1981年に陸軍に入隊し、情報畑を歩む。イランやアフガニスタン戦争では最高位の情報将校だった。彼が情報分野の専門家であることは、ロシアとの関係を見る上で大切な要素である。

 そのフリン中将を国防情報局(DIA)長官に抜擢したのは、オバマ前大統領だった。しかし、2014年4月、1年の任期を残して、フリンは長官を辞任した。事実上の更迭だったという。何故、オバマはフリンを辞任させたのだろうか。

 フリンがDIA長官辞任に追い込まれたのは、部下の意見を聞かず、方針に反して勝手に動く彼のマネジメント手法が批判にあい、上層部との確執から解任されたといわれる。しかし、それ以上に、イスラム過激派に対する強硬姿勢が問題になったにちがいない。彼はイスラム教を「癌」と呼び、イスラム教徒に脅威を感じるのは当然のことだと発言する。イスラムに対する恐怖心と嫌悪を駆り立てた人物として、オバマ政権では受け入れられないと判断されたのだろう。

 長官を辞任し、33年間に及んだ陸軍勤務から離れたフリンは翌2015年、「フリン・インテル・グループ」という会社を立ち上げた。初の顧客は、「カスペルスキー・ラボ」というウイルス対策ソフトの会社である。創設者のユージン・カスペルスキーはロシア人で、本部はモスクワ、支部は米国など30カ国以上にあり、彼の開発したソフトは4億人のユーザーをもつ。

 米国政府では20以上の機関がこのソフトを使用していたが、フリンがこの会社を顧客にしてから2年後の2017年9月13 日、米国土安全保障省は、突然、すべての連邦政府関連機関にカスペルスキー・ソフトの使用を禁止した。90日以内という厳しい命令だった。

『ニューヨーク・タイムズ』(2017年10月10日)によると、イスラエルの情報員がロシア政府のハッカーを世界中で追跡していると、2年前、「カスペルスキー・ラボ」の作ったウイルス対策ソフトを見つけたという。

「カスペルスキーのネットワークに潜入したイスラエルの情報要員は、大掛かりなロシア人による潜入が行われたと米国に警告した」(同紙)

 カスペルスキーはロシアでもっとも知られるハイテク輸出品だが、ユージン・カスペルスキーはかつてロシア情報部で働いていた経歴をもち、旧ソ連国家保安委員会(KGB)がスポンサーだった情報通信技術(暗号手法などを含む)関連の学校で教育を受けていたことも明らかになった。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月5日)も、

「ロシア政府のハッカーがカスペルスキーのソフトを使って、国家安全保障局(NSA)で働く職員の所有する自宅のコンピューターから機密文書を盗みだしていた」と報告した。

 イスラエル情報部からの警告に驚いた米国土安全保障省は、カスペルスキー・ソフトの使用を緊急に止めたのである。

 その「カスペルスキー・ラボ」がフリンの最初の顧客だったというのだから、フリンとロシア情報部の間に何らかの密接な関係があったことは間違いない。

誘拐未遂という重罪

 フリンはまた、ロシアの連邦保安局の指揮下にある英語ニュース専門局『RT(旧ロシア・ツデー)』にたびたび出演し、2015年12月10日には、モスクワで開かれたRT主催の夕食会に出席した。丸いテーブルを囲んで、プーチンの隣に座っているのがフリンである。この映像は、ケーブルテレビ『MSNBC』の人気番組「レイチェル・マドー・ショー」など米国のニュースでお馴染みになったが、何度見ても、一緒に食事するプーチンとフリンが特別の関係にあることは一目瞭然である(冒頭写真)。

 このとき、フリンがRTから受け取った出演料や旅費は4万5000ドルといわれる。

 フリンの会社は世界中の顧客を相手にコンサルタント業を行い、トルコ政府の代理としてもロビー活動をした。このときの報酬は53万ドルにも及ぶといわれる。さらに、トルコ政府の代理会社から頼まれ、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領の政敵で米国に亡命中の穏健派イスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師を拘束したうえ、トルコ政府に引き渡すという仕事を息子とともに1500万ドルで請け負ったという。これは、クリントン政権でCIA長官を務めていたジェームズ・ウールジーが明らかにした。『BBC』によると、ウールジーはフリンのコンサルタント会社の役員を務めている。大統領選挙後の12月には、トルコ政府の外務大臣など高官らとニューヨーク市内でこの作戦の打ち合わせをしたともウールジーは証言している。この疑惑によって、フリンはこの先、誘拐未遂という重罪に課せられる可能性もある。

娘婿クシュナーも尋問

 フリンが辞任した翌日の2月14日、大統領はジェームズ・コミーFBI長官を執務室に招いた。ペンス副大統領とジェフ・セッションズ司法長官の退席を促し、コミー長官と2人きりになった席で、

「このこと(フリンの捜査)は忘れてくれるように」と頼み、「フリンは良い人間だ」と付け加えた。

 コミー長官が要求に従わないのがわかると、トランプはコミーを解任した。

 それだけフリンをかばおうとしたトランプも、ムラー特別検察官の捜査が進むなかで、フリンをかばいきれなくなった。おそらく12月1日は、トランプにとって大統領就任以来最悪の日だったことだろう。

 特別検察官チームは、首都ワシントンの秘密の場所にある窓のない部屋で、20人以上のトランプ側近を尋問している。そのなかの1人、ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は文字通り“政権移行チームの最高幹部”である。クシュナーはすでに特別検察官の数時間におよぶ尋問を受けているが、トランプはムラーの捜査が次第に娘婿に迫っているのを恐れているにちがいない。そして、大統領自身の司法妨害容疑に司法の手が及んでくることも大きな不安材料だろう 。

 ドナルド・トランプという男が大統領に就任してから10カ月と11日。ようやく進展を見せた「ロシア疑惑」に、ニューヨーカーはひとまず安堵の吐息をつくのである。

 

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執筆者プロフィール
青木冨貴子 あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。
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