10月8日、爆破されたクリミア大橋(ウクライナ非常事態庁 テレグラムより)
クリミア大橋爆破事件の延長線上に「核攻撃」はあるか。謎のSNSアカウント「SVR将軍」は、プーチン大統領が核使用の是非を最高意思決定機関・安全保障会議のメンバー13人に諮る方針だと伝えた。ロシアの専門家も疑心暗鬼の状況だが、強硬派「戦争党」の動きに加え、「殉教者として天国に行く」といった発言を続けるプーチン大統領の精神状態も焦点に。

 岸田文雄首相は10月11日、G7(主要7カ国)首脳のオンライン会談後、「ウクライナを新たな被爆地にしてはならない」と述べ、ロシアによる核兵器の使用や威嚇に厳しく警告した。

 ウラジーミル・プーチン大統領は、10月8日のクリミア大橋爆破を「ウクライナのテロ」と断定してウクライナ各地の民間施設にミサイル攻撃を命じており、戦争は新段階に入った。プーチン氏は部分的動員令を発表した9月21日の演説で、領土保全に脅威が生じた場合、核の使用もあり得ることを改めて示唆している

 追い込まれたプーチン氏が「核の選択」に踏み切るかどうかを探った。

安保会議で核使用協議か

 クレムリンの内情に詳しいとされる正体不明の「SVR(対外情報庁)将軍」は10月10日、ロシアのSNS、テレグラムに投稿し、プーチン氏が戦術核使用問題で、安保会議の常任委員が全会一致で支持するという確信を得た場合に限って、会議に諮る意向だと書き込んだ。

 ロシアの最高意思決定機関、安保会議は、大統領が議長、ドミトリー・メドベージェフ前大統領が副議長、ニコライ・パトルシェフ氏が書記を務め、首相、副首相(政府官房長)、国防相、外相、内相、SVR長官、連邦保安庁(FSB)長官、大統領府長官、上下両院議長、セルゲイ・イワノフ大統領特別代表の13人が正式メンバー。

 プーチン氏はウクライナ侵攻に際しても、2月21日に安保会議を異例の公開で開催して全会一致の承認を取り付けた。投稿内容が事実なら、プーチン氏は核使用を決める際も、安保会議の全会一致の形を取りたい意向のようだ。その場合、個人の責任を回避する狙いとみられ、世界の命運は、「プーチン殿の13人」にかかることになる。

 ただ、「SVR将軍」の翌11日の投稿によれば、プーチン氏は一部の安保会議メンバーと協議し、クリミア大橋爆破の報復として「大規模なミサイル攻撃」を決め、戦術核使用に関する議論を議題から外したと伝えた。セルゲイ・ラブロフ外相も11日、核使用の可能性について、「ロシアの存亡の危機を高める場合の報復手段としてのみ使用を想定している」と述べ、西側諸国に核使用の憶測を広めないよう要求した。戦術核使用の可能性は当面遠のいた形だ。

 「SVR将軍」の投稿はフェイクニュースも多いが、最近は部分的動員令を的中させるなど、精度が上がってきた。

「核の恫喝」を再開

 プーチン氏は侵攻直後から「核の恫喝」を行ってきた。侵攻3日後の2月27日、セルゲイ・ショイグ国防相ワレリー・ゲラシモフ参謀総長の2人を呼び、長テーブルで、核抑止部隊を警戒態勢に置くよう命じた。

 唐突な命令からは、ロシア軍が緒戦でウクライナ軍の返り討ちに遭い、大損害を出した焦りが感じられた。しかし、米側が核抑止部隊の異常な動きを察知することはなかった。

 その後、ロシア軍が体制を整え、東部と南部で支配地区を拡大すると、プーチン氏が「核の恫喝」を口にすることはなかった。ロシアの外交官らも核の使用を否定した。

 ところが、9月のハルキウ州撤退など、東部と南部で苦戦を強いられると、プーチン氏は9月21日の演説で、「西側の目標はロシアを弱体化させ、滅ぼすことだ」とし、「わが国の領土保全に脅威が生じた場合、利用可能なすべての兵器システムを必ず使用する」と警告し、「これはハッタリではない」と付け加えた。

 9月30日の演説でも、ロシアに一方的に編入したウクライナ東部、南部4州を含め、「あらゆる部隊と資源を使ってわれわれの領土を守る」と強調した。戦況の不利に直面し、核の恫喝による事態打開を狙っているようだ。

「戦争党」が核使用支持

 ロシアでは、「戦争党」と呼ばれる強硬派が核使用を支持している。その代表格であるメドベージェフ前大統領は7月の演説で、ウクライナ側がクリミアを攻撃した場合、「終末の日」が訪れると警告した。9月27日には、「国の存続が脅かされた時、核兵器を使うことは大統領が明らかにした通りだ。ロシアが核攻撃をしても、NATO(北大西洋条約機構)は介入しないだろう」とテレグラムで発信した。

 チェチェン共和国のラムザン・カディロフ首長も10月1日、ロシア軍がドネツク州の要衝、リマンから撤退したことを受けて、「ロシアは思い切った作戦を取るべきだ。国境付近に戒厳令を敷き、小型核兵器を使用すべきだ」と主張した。

 カディロフ発言に対して、大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は、ロシアでは核兵器の使用は、「それぞれのドクトリンに基づく」と述べ、「困難な時であっても、地方の長が感情をむき出しにしてはならない」と不快感を示した。

 2020年に公表されたロシアの核ドクトリン最新版は、核使用のシナリオとして、次の4点を規定している。

 1. ロシアに対する弾道ミサイル攻撃が確認された場合

 2. ロシアに対する核兵器などの大量破壊兵器攻撃が行われた場合

 3. ロシアの核兵器指揮統制システムを脅かす行動がとられた場合

 4. ロシアが通常兵器で攻撃され、国家の存続が脅かされる場合

ハードル低い戦術核

 では、ロシアの専門家は核使用の可能性をどうみているのか。軍事専門家のパベル・フェルゲンハウエル氏は9月、筆者らとのオンライン会見で、「破壊力の強い戦略核兵器の使用は、大統領、国防相、参謀総長の承認が必要だが、出力の小さい小型戦術核は、大統領が使用許可を出せば、現場の師団長クラスが攻撃目標や時期を決定できる」と述べ、小型核兵器使用のハードルが低いことを明らかにした。ただ同氏は、ウクライナ人は同じスラブ系民族であり、隣国だとし、「核攻撃の対象にはなり得ない」と否定的な見解だった。

 野党下院議員も務めたアレクセイ・アルバトフ氏は同じオンライン会見で、「核使用の可能性が低いことは、ロシアの外交・安保当局者も公言している。しかし、ウクライナ軍がクリミアやクリミア大橋、あるいは隣接するロシアの地域に攻撃を行えば、それはロシア領土への攻撃となり、戦術核を使う可能性はかなり高まる」と述べた。

 政治学者のイワン・ティモフェーエフ氏は米紙「ニューヨーク・タイムズ」(10月2日)に対し、「プーチンはNATOがウクライナに直接介入する場合にのみ核を使用する」「核の使用は、中国やインドも支持しないだろう。ロシアの国際的孤立を一段と深める」と否定的だ。

 一方で、ロシアの通常戦力弱体化が暴露され、プーチン氏が一段と大量破壊兵器に依存していることは間違いない。ロシアの学者も、核使用の可能性には疑心暗鬼で、不安視していた。

「聖書」や天国に言及するプーチンの心理状態

 核使用の決断は、最終的にはプーチン氏にかかっており、戦況や軍事バランス、安全保障観だけでなく、人生観も決断に影響しそうだ。

 この点で、プーチン氏が近年、精神的に不安定な発言をしているのが気になる。2018年10月18日、各国のロシア専門家らを集めて行うバルダイ会議で、核使用に関する質問に、「ロシアがミサイル攻撃を受ければ、むろん侵略者に報復攻撃する」などと述べ、「われわれは侵略の犠牲者であり、殉教者として天国に行く。彼らは罪を悔いる暇もなく、死ぬだけだ」と語った。核戦争の結果、「天国」に召されるという異常な発言だった。

 9月30日の4州併合演説でも、新約聖書に出てくるイエス・キリストの「山上の垂訓」に触れ、「イエスは偽預言者を暴きながら、『これらの毒の実によって、彼らを知るだろう』と言われた。毒の実は、わが国だけでなく、欧米を含むすべての国の人々にとって明白だ」と意味不明な発言をした。「イエス」や「天国」に触れることも気がかりだ。

 プーチン氏は米国人のオリバー・ストーン監督が密着取材した記録映画、「オリバー・ストーン・オン・プーチン」(2017年公開)で、死に関する質問に、「神のみぞ知る」「だれもがいずれは死を迎える」と述べ、大事なのは「かりそめの世」で何をなしえたか、人生を謳歌したかだと答え、かすかな余裕の笑みを浮かべた。

 これを紹介したロシア文学者の亀山郁夫氏は、「プーチンのこの、あまりの達観ぶりに、一瞬、背筋が寒くなるのを感じた」と書いた(「日本経済新聞」電子版、2022年7月7日」)。「だれもがいずれは死を迎える」の一言は、一種のニヒリズムを感じさせる。

 9月30日の演説では、「アメリカは世界で唯一、核兵器を2回使用し、日本の広島と長崎を壊滅させた国である。核使用の先例を作った」と批判した。先例があるので、2回目は許されるともとれる発言だ。

 ジョー・バイデン米大統領が指摘したように、「キューバ危機(1962年)以来初めて、我々は核兵器使用の脅威にさらされている」のかもしれない。

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